一言主大神と迦毛大御神

葛木一言主神社です。

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ご祭神は当然、葛木一言主神なのですが、一体誰のことなのか、記紀には出自については何も説明されていません。
ただし、どんな神であったかは書かれています。

『古事記』(712年)によると、雄略天皇が葛城山へ鹿狩りをしに行ったとき、天皇一行と全く同じ恰好の一行が向かいの尾根を歩いていたそうです。そこで雄略天皇が名を問うと「吾は悪事も一言、善事も一言、言い離つ神。葛城の一言主の大神なり」と答えたというんですね。天皇は恐れ入り、弓や矢のほか、官吏たちの着ている衣服を脱がさせて一言主神に献上します。一言主神はそれを受け取り、天皇の一行を見送ったといいますから、雄略天皇よりかなり偉い神様として描かれています。

ただし、その後に書かれた『日本書紀』(720年)では一言主と雄略天皇は同等になり、さらに797年に書かれた『続日本紀』では高鴨神(一言主神)が天皇と獲物を争ったため、天皇の怒りに触れて土佐国に流された、と書かれています。

ということは、一言主神は賀茂一族の地位を象徴する神様であったことがわかりますね。
「高鴨神」が一言主であるということは、『続日本紀』が書かれた時代には、迦毛大御神ことアヂスキタカヒコネと同一視されていたこともわかります。

葛木一言主神の出自を唯一記しているのが『先代旧事本紀』です。
それによると、スサノオの子供ということになっています。
でもこれはスサノオの直系であることを意味する方便で、実際はスサノオの娘(タギリヒメ)とオオナムヂが結婚して生まれた御子をスサノオの子として系図に入れたのだと思います。

このような系図の入れ替えは、頻繁に行われています。
オオナムヂもスサノオの息子であると『先代旧事本紀』には書かれていますが、オオナムヂはスサノオの娘スセリビメと結婚した婿養子です。
天火明ことオオトシも、高木神の娘と結婚した際に、オシホミミの息子として系図に入れられています。
一言主神も、養子縁組により、系図が意図的に差し替えられているケースと見てよさそうですね。

ということで、一言主神は賀茂一族の隆盛を象徴する神であり、具体的には鴨の祖神アヂスキタカヒコネの「神名」であったと私はみています。
(続く)
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