ナガスネヒコとミカシキヤヒメ

ニギハヤヒが降臨したという奈良・白庭には、ナガスネヒコの根城(拠点)があったとみられています。
現在の生駒市白庭台に行くと、「長髄彦(ナガスネヒコ)本拠」と書かれた碑があります。

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奥に見える丘が矢田丘陵の端ですね。
この丘陵の左奥の山中ににニギハヤヒの墓の碑があります。

そのニギハヤヒの墓から南東に二キロほど離れた、生駒市上町の田んぼの中には、人知れず「夫婦塚」の碑があります。

IMGP0181-1.jpg

奥に見える丘陵がニギハヤヒの墓のある矢田丘陵です。
で、この夫婦塚が誰の塚かというと、ニギハヤヒの妃となったミカシキヤヒメ(御炊屋姫・別名トミヤビメ)だとされています。

ただし、いずれも推測です。
でも当たらずとも遠からずというところでしょうか。

本当はどこにあるかは、もしかしたら物部氏の末裔の方なら知っているかもしれません。
なにしろミカシキヤヒメは物部氏の祖神ですからね。

ニギハヤヒとミカシキヤヒメの間に生まれたウマシマヂの直系が崇神天皇の母親(イカガシコメ)であり、開化天皇の母親(ウツシコメ)でもあります。
また、ヒコフツオシノマコトの母親もイカガシコメ。
ヒコフツオシノマコトのひ孫(あるいは孫)が武内宿禰です。
武内宿禰にもナガスネヒコ一族(ミカシキヤヒメ)の血が流れていることになりますね。
そのことは、『古事記』にも「穂積の臣の祖」として、ちゃんと書かれています。
ここに私は三輪山の「和」の精神を見るわけです。
(続く)
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