5000年前の古代人の完璧な測量技術65(大湯環状列石の測量)

縄文時代にはそのような高度な測量技術がなかったはずだと思い込んでいる人も多いと思います。
しかし、間違いなく彼らは高度な測量技術を持っていました。
それがミニチュアのモデル的にわかるのが、秋田県の大湯環状列石(ストーンサークル)です。

まずはこちらをご覧ください。本書232ページに掲載された地図です。

img065-11.jpg

縄文時代にこれを建造した人たちは、何のグランドデザインもなく、漫然と造ったのではないことは上の図からも明白ですね。
簡単に説明すると、大湯環状列石には二つの大きなストーンサークルがあります。
上の図でいうと、左側のストーンサークルが万座環状列石で、右側が野中堂環状列石です。
で、この配置は夏至の日の日の入りラインを意識して設計されています。
すなわち、それぞれのストーンサークルの中心を結ぶと、それぞれの日時計と呼ばれる組石を通り、一直線上に並ぶようになっているんですね。
しかも、二つの環状列石の間の距離(c)の90メートルは、万座環状列石の直系(a)の48メートルと野中堂環状列石の直系(b)の42メートルを足した和になっています。
さらに言うならば、それぞれの環状列石の中心から内帯の外側までの距離を整数倍にした距離に、外帯の内側と外帯の外側が配置されているんですね。
つまり、すべて計算し尽くされて、列石が配置されているわけです。

実はこれこそが「タカミムスビの法則」による測量の基本です。
距離と方位を測りながら、直線で聖なる場所(環状列石の中心や日時計)を結んで行くからです。
この測量方法を、より広大な北東北全体でもやっていたのではないかというのが私の見解です。
北東北のすべての縄文遺跡が、あるグランドデザインによって、正確に測量されて意図的に配置されているわけです。
その証拠を次に挙げていきましょう。
(続く)
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