5000年前の古代人の完璧な測量技術64(測量点としての羽根)

オオナムヂの渡来以前に、既に古代日本の国土測量を実施した王朝があったと私が考える理由が「竹内文書」にあります。
何度も紹介しましたが、私が東経137度11分に羽根ラインを見つけるきっかけとなった記述を再度掲載しましょう。

「竹内文書」には、「上古第14代国之常立天皇が天空浮舟に乗って徂徠ヶ岳(後に改め鑓ヶ岳)に向かって羽根飛び登り行く所を羽根と名付ける」という趣旨のことが書かれています。

私はこの記述から、東経137度11分に羽根という地名が一直線上に並んでいることを見つけました。
国之常立といったら、オオナムヂは元よりアマテラスやスサノオよりもはるか以前に存在していた神です。
で、この徂徠ヶ岳改め鑓ヶ岳が、越―出雲のオロチラインの起点となっているわけですね。
どう考えても、大和朝廷誕生のはるか昔のころのことです。

だけど面白いのは、京都の五山送り火に平安京建造の秘密が隠されているように、古代日本が大規模に測量されたことが隠されるような記述になっていることです。
つまり天皇(すめらみこと)が天空浮舟に乗って羽根飛び登り行くところを羽根と名付けたというのはレトリックに過ぎず、天空浮舟は測量用の気球のことで、実際の「羽根」は測量点であった可能性があるんですね。

それを示したのが、本書『竹内文書と平安京の謎』の62ページに掲載されている「図2-2」です。

img064-11.jpg

上の地図は、「竹内文書」に登場する神殿などの聖地やスメラミコトの御陵となった聖なる山を結んだものです。
簡単に説明すると、まず(2)天柱石(3)尖山(4)二上山で正三角形ができます。
なおかつ、天柱石から(1)の宝達山までの距離も、尖山から(14)の鑓ヶ岳までの距離も、その正三角形の一辺の距離Aと同じです。
しかも、奥能登の最高峰である”聖山”の宝立山から羽根ラインの中心に位置する聖山・位山までの距離がAのきっちり4倍になっています(57ページの地図を参照してください)。
その中で、(7)(8)(10)には羽根という地名があり、聖地と聖地を結んだ直線の交点になっているんですね。
これらは、測量したのでなければ、ありえない配置です。
その古代測量集団が作ったラインの見取り図を「竹内文書」に秘して残した人たちが、この日本にいたんですね。
一体誰なのかが次の問題ですね。
(続く)
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