5000年前の古代人の完璧な測量技術58(平安京を造った陰陽師の正体)

陰陽師が何者で、どこから来たか、というと、中国の戦国時代(紀元前408年~紀元前221年)に陰陽五行を説いた陰陽家の思想を受け継ぐ人たちで、中国から渡って来た人たちである、ということになります。
で、記紀に出てくる登場人物で、もっとも陰陽家に近かったと思われるのが、オオナムヂとスクナヒコナなんですね。
そう、吉野の妹背山を造った神々です。

実際にオオナムヂたちが、陰陽五行に精通していたことを如実に示しているのが、後年になって日本で陰陽道を束ねることになる賀茂氏の存在です。
この賀茂氏のご先祖さまは誰かと言うと、アジスキタカヒコネ(迦毛大御神)であり、タケツノミ(賀茂の祖神)です。
そのアジスキタカヒコネの父親は誰かと言うと、オオクニヌシことオオナムヂなんですね。母親は宗像三女神の一人タキリビメです。
つまりオオナムヂが日本に陰陽五行の思想をもたらした可能性が非常に強いわけです。
その子孫である賀茂氏が陰陽道を束ねたのは当然と言えば当然です。

で、既に何回か書いていますが、アジスキタカヒコネとタケツノミは同一人物である可能性が高いです。
どちらも賀茂の大神様ですからね。
ということは、オオナムヂが大陸から陰陽思想を携えて渡来、その卓越した技術力と知識をスサノオに認められてオオクニヌシとなったと見るのが一番自然なんですね。
そしてその知識と技量を子孫の賀茂氏に継承し、その賀茂氏が京都に、五芒星に守られた平安京を造ったと見るのが妥当だと思います。
(続く)
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