5000年前の古代人の完璧な測量技術55(三つの船岡山の秘密)

再び123ページの図3-14を見ながら説明しましょう。

img060-11.jpg

平安京の中心軸を作るために利用された山が(7)の船岡山です。
(9)の大津近江京、恭仁京、そして(18)の吉野宮の造営に利用された山が(17)の船岡山。
その(17)の船岡山とともに、吉野宮を造る際に利用された紀伊国の山が(16)の船岡山となっています。

この近畿地方に配置された三つの船岡山が、古代日本の都を建造する三つの基本的な測量山となっているわけです。
(7)の船岡山と(16)の船岡山を結ぶと、その直線上に平安京と長岡京があり、(7)の船岡山と(17)の船岡山を結ぶと、平安京、平城京、藤原京が直線上に並ぶ配置になっています。

三つの同じ名前の山があり、その三つの山を結ぶと、このように日本の古都が直線上に並ぶというのは、偶然ではありえません。
船岡山は、古代測量集団のグランドデザインに基づく測量山の役割を果たした重要な山であったことが、名前からも偲ばれるわけです。

で、そのことを象徴的に表現していたのが、平安時代の女流作家清少納言の『枕草子』です。
清少納言はおそらくその重要性をよく知っていたのだと思います。
だから「岡は船岡」と記したわけです。

こうした測量は、よく夜間、山にかがり火を焚くことによって行われました。
そのほうが正確に位置を確認できるからです。
その名残が京都の夏の夜を焦がす「五山送り火」であったのではないか、と私は考えています。
(続く)
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