5000年前の古代人の完璧な測量技術53(日本の古都の位置関係)

本書『竹内文書と平安京の謎』の123ページに掲載した地図を紹介いたしましょう。

img060-11.jpg

これは京都から奈良にかけての近畿地方の図です。
上に琵琶湖、左に大阪湾があります。
白抜きの長方形の部分が、上から平安京、長岡京、恭仁京、平城京、藤原京となっています。
私が正確に大きさを測って、地図にそれぞれの古都を描きました。

で、問題のラインが、(1)(2)(3)の三上山、三上山、二上山を結んだ直線です。
この直線が恭仁京の中央(ただし恭仁宮は三上山の真南)と、平城宮の中央を一直線で結んでいることがわかりますね。

さらに平城京のほぼ真南に藤原京があることもよくわかります。
大和三山のうち(21)の耳成山が、二上山の真東におそらく人工的に造られた山であることや、藤原京を建造する際の夏至の日の出ラインとして測量に使われた神の山である(13)の三輪山が、(9)の近江大津宮、(2)の三上山、恭仁宮を結んだ直線上にあることも一目瞭然ですね。

そうです。間違いなく古代日本の測量集団は、山と山を結ぶ「タカミムスビ」を使って、測量しながら古都を次々と築造していったんですね。
(18) の吉野宮も、同様に測量して造られましたが、その際に測量に利用された「人工山」が、三上山―三輪山の直線上にある(14)の妹山です。
この山が「神が造った特別の山」であることは、『万葉集』の柿本人麻呂の歌とみられる歌にも記されています。
この歌が重要なのは、何と人工(神工)の山を作った人(神)の名前を明らかにしているからです。
次回はちょっと脱線しますが、この神の謎に迫りましょう。
(続く)
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