5000年前の古代人の完璧な測量技術39(クイ王のピラミッド)

クイ王のピラミッドは、謎に包まれています。
カイロから300キロ近く南に離れたダラにポツンと建造されたピラミッドで、元々の高さも古名も不明です。
加えて、果たしてクイはエジプトの王だったのか、あるいは地方豪族の王だったのかも、はっきりとはわかっていません。
一応クイは、第8王朝時代、あるいは第1中間期の支配者であったとみられています。

しかもクイのピラミッドは、土台部分しか残っていないので、階段ピラミッドだったのかマスタバだったのかもよくわかっていません。

ではそのクイのピラミッドがどこにあったかをグーグルアースで見てみましょう。

img047-11.jpg

中央付近にある番号(3)がクイ王のピラミッドです。
階段ピラミッドから見てメイドゥームのピラミッドの先にあります。
以前、階段ピラミッドから見たメイドゥームのイラストを紹介しました。

img021-1.jpg

そうです。この直線の先のはるか彼方にあるんですね。もちろんメイドゥームのピラミッドでもやっと見えるほどの距離ですから、肉眼で見ることはできません。
そもそも、ダラのような遠く離れた地になぜピラミッドを建造したのかはなぞですが、それでも古代測量師が広大なエジプトの国土をちゃんと測量して計画的にダラのピラミッドを造ったとも考えられるわけですね。
もしそうなら、クイ王は地方豪族の王ではなく、エジプトの王であったことになるわけです。

距離にも測量した形跡が見受けられます。
クイ王のピラミッドと、古都テーベ(現ルクソール)の聖山アル・クルンを結んだ直線の距離は、ギザ台地とアル・クルンを結んだ直線の距離(489キロ)のちょうど二分の一です。
クイ王のピラミッドと屈折ピラミッドを結んだ直線の距離を二倍すると、クイ王のピラミッドと、アブシンベル神殿を結んだ距離(556キロ)になります。
実際に距離を計算したのかどうかは議論が分かれるところだと思います。
でも、ちょうどテーベやアブシンベル神殿と、ギザやサッカラの間を移動する場合の中間地点にあることがわかります。

で、このクイ王のピラミッドの後、長期にわたってピラミッドは建造されなくなります。
建造が再開されるのは、実に第12王朝まで待たなくてはなりませんでした。
(続く)
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