5000年前の古代人の完璧な測量技術21(最初の五基)

もう覚えていないかもしれませんが、「アイルランド見聞録」を始める前、「5000年前の古代人の完璧な測量技術」をシリーズで20回続けておりました。
アイルランド取材旅行の記憶が鮮明なうちに書こうと思って、中断していたわけですが、それを今日から再開いたします。

前回、最後に取り上げたのは、古代エジプトの五番目のピラミッドである屈折ピラミッドでした。
今日はその復習もかねて、古代エジプト初期のピラミッドがどのように決められたかを整理しておきましょう。

その前に夕日の写真です。

DSC_0361-11.jpg

古代測量師は、このような風景を見ながら、一年のどの季節にどこに夕日が沈むかをしっかりと把握しておりました。

最初の五基のまとめです。

(1)エジプト第三王朝ジェセル王の時代に、夏至の太陽が「小山群1」の谷間に沈むのが見えるライン上で、かつ南12キロの「小山群2」の中央を測量点として、経線に対して時計回りに4度16分の傾きとなるような直線上に、第一号基となるサッカラの階段ピラミッドを建造しました。どうして4度16分の傾きとなるのかというと、ピラミッドの南北軸がそのように傾いているからです。つまりその南北軸は明らかに小山群2の中心をさしていると言うこともできます。

(2)第三王朝セケムケト王の時代に、小山群2の東端の真北かつ階段ピラミッドから600メートルほど離れた地点で、夏至の太陽が小山群1の南の小山に沈むのが見えるライン上に、セケムケト王のピラミッド(崩れピラミッド)を建造した。

(3)第三王朝カーバー王の時代に、小山群2の中心と小山群1の中心付近を結んだ直線上で、小山群1の中心までの距離が、小山群1の中心と階段ピラミッドを結んだ直線の距離と等しくなる地点に、カーバー王のピラミッドを建造した。

(4)第四王朝スネフェル王の時代に、カーバー王のピラミッドからほぼ真南に引いた直線と、階段ピラミッドとセケムケト王のピラミッドの頂点付近を結び、小山群2の西端付近を通る直線の交点にメイドゥームのピラミッドを建造した。

(5)同じスネフェル王の時代に、階段ピラミッドと小山群2の中心を結んだ直線上で、その直線を3対1に分割する地点、かつ階段ピラミッドとメイドゥームのピラミッドを結んだ直線上で、その直線を5対1に分割する地点に屈折ピラミッドを建造した。

こうしてシュメルの血をひくとみられる古代エジプトの技術者たちは、次々と測量をしながらピラミッドを建造していったわけです。

img020-11.jpg

img021-1.jpg
(続く)
スポンサーサイト
Secret

プロフィール

白山菊理姫竹内文書

Author:白山菊理姫竹内文書
FC2ブログへようこそ!



最新記事

最新コメント

最新トラックバック

月別アーカイブ

カテゴリ

検索フォーム

RSSリンクの表示

リンク

ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード

QR