四国取材記2(土亀山)

なぜ伊予の天山を訪れたか、でしたね。
拙著に書いたように、実は大和三山と「伊予三山」(必ずしもこういう呼び方をしているわけではありませんが、便宜上、伊予三山とします)には、何らかの関係があるとみられるんですね。
それは『伊予国風土記』にも記されています。

「天から山が二つに分かれて落ち、一つが伊予国の天山となり、もう一つは大和国の天香久山になった」というんですね。

天香久山といえば、耳成山、畝傍山とともに、大藤原京を造営する際に測量の中心的基準山となった大和三山の一つです。
その天香久山と耳成山を結んだ直線の中点が、藤原宮の北東角になっており、しかもその北東角と畝傍山を結んだ直線は垂直二等分線になっていることは拙著で説明した通りです。

で、同じようなことが果たして伊予三山にも言えるかどうか、という問題ですが、行けばすぐにわかります。
左右こそ違いますが、ほとんど相似形になっています。
しかも大和三山に甘樫の丘という、三山を見渡せる山があったように、伊予三山にも東山という三山を見渡せる山がありました。

つまり、大和盆地(奈良盆地)に配置された大和三山同様に、伊予三山も松山平野(道後平野)に人工的に配置された人工山、もしくは加工山の可能性が極めて高いということが言えるんですね。

では、それを順番に追って見て行きましょう。

伊予三山の一つ、土亀山(どがめやま)です。

IMGP2140-1.jpg

標高51メートル。低い山です。
(続く)
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