アイルランド見聞録45(ジョン王の城と条約の石)

「ジョン王の城」のジョン王とは、プランタジネット朝(アンジュー朝)第3代イングランド王(在位:1199年 - 1216年)のことで、在位中に領地を大幅に失ったため「失地王」とも呼ばれている王様です。加えて性格が悪く、無能・暴虐・陰謀好き・裏切り者・恥知らずと評され、イングランド史上最悪の君主とされているんですね。まあ、散々な評判です。

そのジョン王の命令により1210年にアイルランドのリムリックに建造されたのが、この「ジョン王の城」です。

5つの塔があり、登れるようになっています。

その塔からの風景。

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城の中庭です。右に流れているのがシャノン川。
左奥に見える建物は、聖メアリー大聖堂です。

シャノン川には白鳥など多くの水鳥が羽根を休めています。

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こちらは、お城の北側の風景。

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ほぼ真北に丘陵地帯があることがわかりますね。

お城の西側の対岸には、「条約の石」があるのが見えます。

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この石にはアイルランドの苦難の歴史が象徴されています。
1690年、イギリスの王位争いに端を発した戦争は、アイルランドにおけるカトリックとプロテスタントの全面対決にまで発展しました。
このときアイルランド軍は友軍のフランスが敗走した後も、イングランド軍相手に善戦。
これによりイングランド王ウィリアム三世も折れて、カトリックの信仰の自由と地位の保証を認める「リムリック条約」を結ばざるを得なくなります。それが1691年のことです。
それを記念したのが、この「条約の石」です。

ところが、イギリス議会がこの条約を認めず、条約を信じて丸腰となったアイルランドは攻め込まれて征服されてしまうんですね。
その後、カトリックに対する差別と弾圧が厳しくなり、大きな禍根を残しました。
つまりこの「条約の石」はイングランド人の裏切りのシンボルでもある訳ですね。
アイルランド人が時々、半分冗談、半分は本気で、イギリス人のことを悪く言うのは、こういう裏切りの歴史を覚えているからです。

でも今は昔の話。
裏切りと戦いの歴史も和解と平和のときです。
そう思っていると、橋の向うの「条約の石」がある辺りに、雲間から光が差し込んできました。

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その対岸に渡って、ジョン王の城を撮影します。

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光が当たって、ジョン王の城も美しく見えますね。
(続く)

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