アイルランド見聞録33(キャロウモア巨石群の配置)

ここでキャロウモアの巨石群の配置図を見てみましょう。

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地図中央の51番が昨日も紹介した羨道墳です。

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中央左の台形状の石墳が51番。この51番の羨道墳がキャロウモアの中心施設であったと見られています。
その左手前に写っているのが4番のドルメンです。

この4番と51番を結ぶと、南北線となります。多分のその先にある山と直線で結んだのであろうことは、既に述べました。
上の写真で言うと、奥の方に見える山ですね。平安京で言えば、甘南備山に相当します。

で、再び地図を見てください。
北にある1、2、3、4、7番のストーンサークルやドルメンは、ほぼ一直線上に並んでいますね。
これはおそらく夏至の日の出ラインと一致するはずです。
ちなみに7番は昨日ご紹介した、ストーンサークルとドルメンの複合遺跡です。
こちらですね。

IMGP0493-1.jpg

上の写真はドルメンの東からノックナレア山を撮影したものですが、ノックナレアのマイーヴの墓とこの7番のドルメンを結んだ直線を東に延ばして行くと、ギル湖南にそびえる、目立つ山であるキラリー山(標高293メートル)に至ります。
また、この7番のドルメンと51番の羨道墳を結んだ直線を北の方角に延ばして行くと、ベンブルベンがあります。

だいたいここまでが一般の観光客が訪れるキャロウモアの遺跡群です。
このほかに13番のドルメンくらいは見て行く人もいるかもしれません。
だけど、この遺跡群で本当に面白いのは、南東にある19、20、22、26、27番のストーンサークルと立石群です。
それを今日ご紹介しましょう。

まずは19番のストーンサークル。

IMGP0514-1_20160807101513458.jpg

全体は写してありませんが、手前に並んでいる二つの立石がストーンサークルを形成する立石です。
左手にあるのが51番の羨道墳で、奥の山がノックナレアとマイーヴの墓であることはすぐにわかりますね。

次は22番の巨石遺構とノックナレア。

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中央やや上のところに、遠くでやや見えずらいですが51番の羨道墳が見えます。
つまりマイーヴの墓、51番の羨道墳、22番の列石が一直線上に並んでいるんですね。
しかもその直線上に地図の西側にある52番と52番aのドルメンと支石墓があるわけです。

IMGP0442-11.jpg

上の写真は先日紹介したものですが、中央に52aの支石墓、その手前に52のドルメンが見えます。
ちょうど51番の羨道墳脇から撮影したものです。
すべてが一直線上に配置されていることがよくわかります。

続いて、27番のストーンサークルとマイーヴの墓。

IMGP0542-1.jpg

ちょうどストーンサークルの中央軸の先にマイーヴの墓があります。

IMGP0543-1.jpg

ということは、27番のストーンサークルの中心とマイーヴの墓を結んだ直線を延ばして行けば何かありそうですね。
実際にその直線を東南東方向にずっと延ばして行くと、ほぼタラの丘に至ります。
また、マイーヴの墓と26番のストーンサークルを結んだ直線は、ボイン渓谷の羨道墳群を通るのではないかと思われます。
つまりマイーヴの墓とキャロウモアの巨石群の位置関係は、アイルランドを横断するレイライン(ニューグレンジなどのボイン渓谷遺跡群とロウクルー、キャロウモアの古代遺跡を結ぶライン)と密接に関係していることがわかるわけです。
(続く)
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