アイルランド見聞録9(ノウスからの風景)

階段を登ってノウス羨道墳の頂上に立つと、当時の人々がどうしてこのような巨大な建造物を造ったかがよくわかります。
とにかく見晴らしがいいんですね。360度見渡せる絶好のロケーションにノウス羨道墳は造られました。

この羨道墳の上からニューグレンジが見下ろせることは既に紹介しましたね。
今回もその写真をお見せしましょう。

IMGP9919-11.jpg

中央の丘の上に建造されているのがニューグレンジの羨道墳です。
ノウスの羨道墳から1200メートル離れた場所にあります。
本来はもう一つのダウス羨道墳も見えるはずなのですが、木立に視界を阻まれて今では視認できなくなっています。
ノウス羨道墳から2700メートル離れたダウスも小山の上に建造されていますから、それぞれの地域で最も目立つ丘の上に三つの羨道墳が造られたわけです。
その理由は当然、どこからでも視認できるように建造したからだと考えられます。
つまり目立つ山と山を結ぶという「タカミムスビの法則」を使っている可能性が非常に高いんですね。

その証拠がこちらです。

IMGP9920-2.jpg

って言っても何のことだかわかりませんよね。
実は上の写真には約16キロ離れたタラの丘がはっきりと写っているんです。
その部分を拡大してみましょう。

IMGP9920-1.jpg

塔のように見えるのがタラの丘の中腹にある教会で、タラの丘はこんもり茂った森の向うにあるのだと、ノウスのガイドは話していました。
ということは、ボイン渓谷の三つの羨道墳を築いた人たちは、タラの丘に建造物を築いた人たちと頻繁に連絡を取り合っていた可能性が高いことになりますね。5000年前には既に、高みと高みを結んだ巨大な社会共同体が存在していたとみることもできます。

次の写真の風景もノウス羨道墳の上からの眺めです。

IMGP9923-1.jpg

ボイン渓谷を流れるボイン川が写っています。
何千年も後代になってからは、この丘はバイキングの襲来に備える見張り台の役割を果たしていたであろうことが容易に想像できますね。
(続く)
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