アイルランド見聞録8(ノウスの衛星墳)

ノウス羨道墳のもう一つ大きな特徴は、中心の羨道墳の周りを取り巻くように、小さな衛星墳が17基も建造されていることです。
現存していませんが、このほかにも3基の衛星墳があったのではないかと考えられています。

衛星墳の写真です。

IMGP9918-11.jpg

右端に写っているのが中央の羨道墳で、衛星墳はそのすぐ脇に建造されていることがわかりますね。
単体で撮ると、こんな感じです。

IMGP9943-11.jpg

衛星墳は、中央の羨道墳と同様に羨道のある場合が多いです。
それを非常によく表した図がポール・フランシス氏が書いた公式ガイドブック『ノウス』に掲載されていますので、紹介しておきましょう。

img025-11.jpg

正確な衛星墳の配置や、2番や15番などの衛星墳に羨道があることがよくわかります。
東南方向に衛星墳がないのは、破壊されてしまったからでしょうか。

ガイドから衛星墳の説明を受けた後、いよいよ中央のノウス羨道墳の上に登ります。

IMGP9927-11.jpg

ちゃんと階段が付いていて、見学客は誰もが登れるようになっているんですね。

というのも、このノウスの羨道墳は14~15世紀まで丘の上に住居が建てられて、使われていたからです。

ノウスの案内板には次のようなイラストが描かれていました。

IMGP9898-11.jpg

羨道墳の上に住居が建造され、馬車でも通れるような道が築かれていることがわかります。
後世の人間が古代人の重要拠点を再利用や活用するのは、イギリスの「聖マイケルライン」も同様でしたね。
現在では14、5世紀の人が造ったとみられる、羨道墳の上に昇っていく坂道を再利用して、見学者のための階段を造っているわけです。
(続く)
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