5000年前の古代人の完璧な測量技術17(カルナック神殿とアメンホテプ3世の葬祭殿)

グーグルの衛星写真を使って、テーベの都がどのように建造されているか見て行きましょう。
まずは全体像を見てください。

img018-111_201605261652227de.jpg

簡単に説明すると、写真右上から左下に向かって続いている黒い部分がナイル川です。川自体は写真上の方向に向かって流れています。
写真右下のナイル川の右岸に、私が鉛筆で囲っている部分がカルナック神殿。
これに対して、ナイル川左岸には、手書きなのでわかりづらいかもしれませんが、3のアル・クルン、2の王家の谷、4の王妃たちの谷、5のハトシュプスト葬祭殿、6のラメシアム、7のメムノンの巨像などがあります。

まず注目されるのは、右下のカルナック神殿です。
その部分を拡大しましょう。

img018-c.jpg

鉛筆で記してある四角い部分がカルナック神殿の敷地で、その中の長方形の部分が神殿の本体部分です。
神殿の本体はご覧のように南東から北西にかけての傾きがあります。
その中心軸となる直線を鉛筆で書いたように北西の方に延ばして行くと、その先に王家の墓があるわけです。
そしてそれが夏至の日の入りラインとなります。

同様に、昨日ご紹介したアメンホテプ3世の葬祭殿と二体の巨像があるのがこちらの写真です。

img018-a.jpg

ご覧のように葬祭殿自体がやはり南東から北西へと傾いていますね。
二体の巨像は黒く丸した部分に建造されています。
この葬祭殿の中心軸がやはり夏至の日の入りラインとなり、そのラインの示す先が王妃たちの谷となっています。

そして一番重要なのは、アル・クルンですね。

img018-k2.jpg

上の写真でわかるように、ちょうど王家の谷と王妃たちの谷の中間地点にあり、二つの谷を見下ろす位置に、しかも二つの谷が左右対称となる位置に君臨していることがわかりますね。

私は最初にこの作図を、大英博物館が出版した「Dictionary of Ancient Egypt(古代エジプト事典)」という本の325ページにあるテーベの地図を使ってしようと思いました。ただ残念なことに、アル・クルンの位置が間違っていたんですね。アル・クルンよりも奥にある山をアル・クルンであると記しています。正確には私が記した3の位置がピラミッド山ことアル・クルンがある場所です。どうしてそれがわかるかというと、これもグーグルアースのお蔭です。グーグルアースでかなり拡大できるため、どの山か確認できるんですね。一応ご参考までに記しておきます。
(続く)
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