5000年前の古代人の完璧な測量技術14(ジョセル王のピラミッドと夏至の日の入りライン)

ジョセル王のピラミッド(サッカラの階段ピラミッド)の南北の中心軸が、南にある小山群2の中心を目印(測量点)として作られたとしたら、当然北にも何かしら目印があったはずですよね。ところが、サッカラの階段ピラミッドの北はカイロの市街地が広がっています。つまり既に開発されてしまったので、仮に当時山があったとしても、今では跡形もなくなっているんですね。でも平安京に船岡山があったように、必ず測量山もしくは測量点が設けられていたはずです。

その測量点が何であったのかについては、何となくここではないかという場所もあることにはあります。でも、ここではこれ以上踏み込まないことにしましょう。

しかしながら、問題はまだあります。南北の中心軸が決まったからと言って、ピラミッドの位置が決まったわけではありませんね。
ピラミッドはもう一つの直線との交点に造られたはずです。平安京の場合は、大文字山と嵐山を結んだ直線との交点でした。その交点に平安宮(大内裏)の朱雀門が建てられたのは本書で紹介したとおりです。

ではジョセル王のピラミッドの場合は、何の直線との交点でしょうか。
そこで登場するのが、小山群1です。

このピラミッドの北西に巨大な小山群1があるんですね。
再びグーグルアースを使って見てみましょう。

img017-11.jpg

砂漠の中にかなり大きな小山群があることがわかります。
縦の黄色い線は気にしないでくださいね。ただのノイズです。
で、この小山群と階段ピラミッドがどのような関係にあるかというと、実はこのピラミッドがある緯度における、夏至の日の入りライン上にあるんです。つまり夏至の日の夕方、ジョセル王のピラミッドの頂から小山群1の方を見ると、ちょうど小山群の中央辺りに日が沈んで行くのが見えるわけです。すなわち、小山群1を通る夏至の日の入りラインと小山群2を通る南北中央軸ラインの交点にジョセル王のピラミッドが建造されたことが、測量上わかるわけです。
(続く)
スポンサーサイト
Secret

プロフィール

白山菊理姫竹内文書

Author:白山菊理姫竹内文書
FC2ブログへようこそ!



最新記事

最新コメント

最新トラックバック

月別アーカイブ

カテゴリ

検索フォーム

RSSリンクの表示

リンク

ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード

QR