アシナヅチ、テナヅチと隠されたスセリビメの子の物語

縄文の紋様の話はまだ続きますが、ここで一息休憩を入れて、飛騨や諏訪地方のアシナヅチ、テナヅチの話をしましょう。

ずっと前に紹介したことがありますが、岐阜県高山市にはヤマタノオロチ神話で有名なアシナヅチとテナヅチをモデルにした像が宮川に架かる鍛冶橋の欄干に立っています。

こちらがテナヅチをモデルにして手長。

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で、こちらがアシナヅチをモデルにした足長です。

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何でも嘉永元年(1848年)に当時の名工が高山祭屋台のひとつ「恵比須台」にアシナヅチを足長、テナヅチを手長として彫刻したのが、由来だとか。
でも、なぜテナヅチ、アシナヅチを彫刻の題材にしたんでしょうか。
というのも、神話を読んでもわかるように、アシナヅチとテナヅチは出雲の船取山の麓にある鳥髪にいた老夫婦でしたよね。
そしてその8番目の末娘であるクシナダヒメを、オロチを退治する代わりに妻としてスサノオが娶ったわけです。
出雲の鳥髪のそばの祭りであれば、足長、手長を取り上げるのは当然ですが、高山の祭ではなにか変ですよね。

さらに言えば、アシナヅチとテナヅチを祀った足長神社と手長神社というのがあるんですが、場所は長野県の諏訪にあります。
つまりアシナヅチとテナヅチは、当初考えられていた出雲よりずいぶんと東に移って祀られているんですね。

なぜ移って来たか。
もうだいたい想像できますよね。
そう、タケミナカタと一緒に逃れてきたと見るのが理に適っています。

スサノオは越の王オロチを退治して、おそらく玉(ヒスイ)と剣(草薙の剣)の越王の神器を手に入れます。
そして山の神であるオオヤマツミの子孫であるクシナダヒメと政略結婚することで、もう一つの神器である「櫛」を手に入れたわけですね。で、クシナダヒメとスサノオの間に生まれた正統な王位継承者が末子のスセリビメでした。そのスセリビメと結婚したのが、大国主ことオオナムヂ。

で、記紀神話では、スセリビメとオオナムヂの間に生まれた子供は巧妙に隠されています。わざと二人の間には子供がいなかったことにしているんです。
なぜ子供が隠されたことがわかるかと言うと、出雲の国譲り神話では事実上、事代主とタテミナカタが正統な後継者として描かれているからです。
正統な継承者であれば、それはスセリビメの子であること以外に考えられません。
だって、そうでしょ。大国主が正統な王位継承者であれば、タキリビメとの間に生まれたアヂスキタカヒコネが正統な王位継承者となるはずですが、国譲り神話ではひと言も言及がありません。彼はスセリビメの子ではなかったから、正統な継承者ではないことを記紀編纂者は当然知っていました。

だから、日向族の武将であるタケミカヅチが事代主とタテミナカタに国を譲れと迫ったことは当然だったわけです。
彼らが正統な後継者であることを知っていたからですね。
だけど正統な後継者が出雲国にはいなかったことにするために、あるいは曖昧にするために、記紀編纂者が彼らがスセリビメの子であることをわざと隠したというのが真相ではないでしょうか。つまりカムヤタテヒメはスセリビメのことで、タテミナカタの母とされるヌナカワヒメも、タテミナカタが東に逃げたことで、越の国の王女の名前がふさわしいと考えた記紀編纂者がスセリビメと名前をすり替えただけであると考えることができるんですね。

こうして日向族に惨敗した出雲族の正統な王位継承者であるタテミナカタは、アシナヅチ、テナヅチとともに越・飛騨の彼方の諏訪に封じ込まれたのではないでしょうか。いつか諏訪市にある手長神社、足長神社にも参拝しようと思っています。
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