天皇の御座所から延びる地下壕への階段

天皇家と竹内文書の話に時間を使いましたが、再び信州・松代の大本営に建造された天皇御座所の話に戻します。

天皇御座所と賢所、それに伊勢の皇大神宮が一直線上に並ばなければならないとの宮内庁のお達しがあったことは、当時の工事主任の証言でわかりました。

それを受けて1945年7月23日、賢所を新たに建設する工事が始まりました。伊勢の皇大神宮は天皇の御座所から南南西の方角ですから、ちょうど舞鶴山と御座所を結んだライン上に建設すればよかったんですね。でも技術的な問題もあったようですので、実際に地図上で確認すると、ラインよりもちょっとだけ西に外れた弘法山の東の陽が当たる山麓が選ばれたそうです。ちなみに弘法山は、皆神山と舞鶴山を結んだ、ほぼ直線上にあります。

賢所の建設も進み、後は天皇が御座所に引っ越しすればいいだけにはなっていました。天皇の移動用に特殊装甲護衛車も用意されていたそうです。

で、今日の写真は、空襲があったときに天皇が御座所から地下壕へ避難するための階段です。

IMGP7655-1.jpg

同じような階段が皇后の御座所からも延びており、途中でその二つの階段が合流、さらに奥へと下って行く構造になっていました。
奥の方は現在、松代地震観測所として使われており、関係者以外立ち入り禁止となっています。
見学コースの行き止まりの壁にはびっちりと、コオロギが蠢き合っていました、

次の写真は舞鶴山地下壕の出入り口。

IMGP7665-1.jpg

奥の山が舞鶴山です。天皇の御座所は写真右奥にあります。
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