竹内文書に関連する「神のプログラム」についての考察

ここでちょっと、時代の流れと論点を整理しておきましょう。

19世紀後半にアメリカを中心にして日本の近辺、あるいは日本を含む太平洋に謎の大陸があることが話題になりました。
それがパン大陸とかムー大陸と呼ばれている大陸ですね。

時を同じくして、『古事記』『日本書紀』などの官製の歴史書以外の古史古伝の存在が日本で明らかになってくるという動きがありました。一種の日本古代史見直し運動みたいなものですね。その動きの中から、大本や天津教が生まれ、日本は神々が最初に降臨した地で、古代文明の中心であったとする見方が流布されていくわけです。しかもその思想は軍部にも入り込みます。

で、このアメリカと日本で起きた二つの動きはうまく連動します。
どうやら日本と言う国は、失われた超古代文明を継承した「神の国」ではないか、という思想が広まったわけですから。

それを知ってか知らぬかはわかりませんが、戦後GHQは竹内文書と関係する場所を実際に発掘調査した節があるわけです。
結果、天皇制は象徴として残され、天皇家は天津教教祖の巨麿が亡くなったときに、勅使を派遣して神事・占いを行った。

大本教祖の出口王仁三郎が亡くなった時も勅使が派遣されたのかどうか知りません。でも、少なくとも竹内文書を世に出した巨麿に勅使を出したというのは、かなり意味が深いと思っています。私には、ここには神のプログラムが働いていた、つまり神のシナリオがあったように思えてならないんですね。

つまりすべてが出来過ぎているわけです。

そこにもう一つの占いが加わります。
それが正統竹内文書の口伝継承者を誰にするか、という占いなんですね。

竹内睦泰氏によると、第73世武内宿禰を継ぐように言われたとき、長老メンバーは次のように竹内氏に告げたそうです。
「1767年に亡くなった武内宿禰(注:おそらく第68世か67世とみられる)は次のように予言した。『100年後に王政復古を成し遂げたのち、99年後に蘇る』と」

で、その予言通りに、1867年に明治維新があり、その99年後の1966年12月に竹内睦泰氏が生まれ、第73世武内宿禰に選ばれたわけです。

その明治維新のころ、正統竹内家に大事件が発生しました。当時は第12代竹内三郎太郎が富山で第72世武内宿禰を継いでいたのですが、その富山県の二上山山頂付近にあった武内宿禰歴代の墓に隠してあった神宝・古文書のすべてが何者かに盗掘されたというんですね。

神宝・古文献を盗まれたショックから、第72世は日嗣の儀式を執行できなくなってしまったそうです。そのせいで、武内宿禰は3代100年近くにわたり、祭主職が中絶してしまうんですね。竹内氏はこの期間を盗難欠世期三代と呼んでいます。

ところが、この欠世期の「穴」を見事に埋めたのが、天津教の竹内巨麿であったわけです。
(続く)
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