天皇制存続の背後に「竹内文書」の存在があったとする説について

天皇家が竹内文書を知っていたとする仮説に関連して、次のような「噂」もあります。
この「噂」も、皆神山の神官の家系だという方から聞いた話です。ご存知のように、第二次大戦で無条件降伏した日本において戦後、天皇家をどうするかという大問題が浮上しました。結局、GHQ(連合国軍総司令部)は天皇制を残すことを決めたわけですが、その背景には、竹内文書があったというんですね。

これはかなり突飛な話です。だけど一応その可能性についても、論じておく必要がありそうです。

その「噂」はこういうことです。
竹内文書では、神々が最初に降臨したのは日本の位山(あるいはその周辺の山)であったことになっています。そしてそこで人類(五色人)が誕生した。つまり日本が人類発祥の地であり、古代文明の中心であったわけです。そのため竹内文書では、モーセや釈迦、孔子やキリストまで来日して、古代日本で神の道、すなわち古神道を学んだのだとすら書かれています。

で、その「噂」では、GHQの初代最高司令官であるマッカーサーはアメリカの秘密結社の幹部であったといいます。
マッカーサーは古代日本に伝わるという、その伝承に興味を持ち、竹内文書と関係のある遺跡を調べさせました。
石川県の宝達山山麓にあるモーゼの三つ子塚や、古代ユダヤの契約の箱があるという四国の剣山ですね。
その結果、どうやらの日本の天皇家は、太古からの地球の歴史や儀礼、儀式を継承する一族である可能性があると判断されたというんですね。
それで、天皇制を残すことにした、と。

確かにこの説を採用すると、なぜ戦後すぐに、GHQがモーゼの三つ子塚や剣山を発掘調査した(と地元で伝えられている)かがわかります。「竹内文書」の真偽のほどを確かめたことになりますね。

で、何度も言いますが、これはコーンフレークで有名な米ケロッグ社と関係の深いジョン・ニューブラウフの『オアスペ』に記された「パン文明の継承一族」の話とも矛盾しないわけです。そして『オアスペ』が出版された1882年からほどなく、太平洋に沈んだ幻のムー大陸の伝説を広めたチャーチワード親子が日本のそばにあったという謎の大陸について公言しはじめ、1931年にはその集大成として 『失われたムー大陸』(The Lost Continent of Mu)という本がニューヨークで出版されています。

こうした一連の動きは、怪しいですね。マッカーサーが秘密結社の幹部だとしたら、こうした動きに一枚噛んでいたように思われます。
(続く)
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