舞鶴山、皆神山、象山の三山の関係と、天皇御座所

松代遷都計画で選ばれた三つの山、すなわち皆神山、舞鶴山、象山について語りましょう。

偶然か意図的かはわかりませんが、この三つの山を結ぶと、舞鶴山を頂点とする完璧な二等辺三角形になります。
具体的には、国土地理院の1万5000分の1で調べると、皆神山と象山の頂上と舞鶴山の頂上を結んだ距離はそれぞれ1575メートルで、皆神山と象山との距離は2550メートルです。

二等辺三角形となる3つの山と聞いて、何か思い出さないでしょうか。
そう、大和三山ですね。新著『平安京と竹内文書の謎』でも紹介しました。
畝傍山、耳成山、天香久山は、畝傍山を頂点とする完璧な二等辺三角形でした。

大和三山が作る二等辺三角形の頂点から引いた垂直二等分線が藤原宮の大極殿付近を通るように、舞鶴山から引いた垂直二等分線を南に延ばせば、大極殿に相当する「天皇御座所」の付近を通ります。

偶然にしてはよくできているでしょう。陰陽道の臭いすら感じられます。
さらに舞鶴山の地下壕出入り口と、象山の地下壕出入り口を結んだ直線を北方向に延ばして行くと、神話にも登場する戸隠山に至るんですね。

確実に偶然ではない直線もあります。それが「天皇御座所」と「賢所(かしこどころ)」(神器の鏡などを祭ってある場所)と伊勢神宮を結んだ直線です。
原山茂夫氏の著作からの孫引きになりますが、当時工事主任だった吉田栄一氏が『軍事史学』に発表した『松代大本営工事回顧』には次のように書かれています。

「当初の計画では賢所は陛下専用の地下壕三号舎の中に、陛下のご座所の隣室を物置として準備したが、陛下には万一のことがあっても、三種の神器は不可侵である。同じ場所しかも物置を充てることは許されない。陛下の常の御座所と伊勢の皇大神宮を結ぶ線上に南面して、造営し、然もその掘削には純水の日本人の手によること」

これは突っ込みどころの多い、かなり面白い証言です。
次回はこの証言を深く掘り下げましょう。

舞鶴山の麓に建造された「天皇御座所」です。

IMGP7624-1.jpg

外からしか見学できませんが、堅固な造りになっており、建物の裏と上はコンクリートの厚さが80~90センチもあるそうです。
そうした説明が書かれている案内板。

IMGP7623-1.jpg

ちょっと離れたところから撮影すると、こうなります。

IMGP7631-1.jpg

当時はこの建物の上に土が盛られ、半地下壕建築となっていました。そして裏山と一体となることで、上空から視認できないようカモフラージュされていたそうです。
(続く)
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