テニスと宗教

音楽の謎に迫る前に、宗教の話をしておきましょう。
私は常々公言しているように無宗教派です。でもそれは神を否定しているわけではないんですね。
神が存在することは分かったうえで無宗教なんです。この話をするとすぐに思い出すのが、クエートの友達のことです。

昔イギリスの大学に留学していたとき、クエートから来た留学生のワエルと仲良くなり、よく一緒にテニスをしました。
彼は自称クエートのナンバーワンプレーヤーで、確かに腕力は強かったですからパワフルなショットを打つこともありました。でも、どう贔屓目に評価しても、クエートにはもっと強いプレーヤーがいたはずです。というのもワエルは、私と何回試合をしても一セットで一ゲームぐらいしか取れません。大体は私が6-0で勝っちゃんうんですね。

そんな彼が一度、自宅に私を招待してくれました。かなりのお金持ちですから、学生なのにイギリスに家を買って、そこで奥さんと暮らしていたんですね。貧乏学生だった私は、もうびっくりです。

で、食事をし終わって談笑していたとき、ワエルが急に私の宗教は何かと聞くんですね。私は無宗教だと答えると、ワエルは驚愕して、「お前は神を信じなくて、どうやって生きているのか」と私を問いただします。私が「必要ないからだ」と答えると、ワエルはさらに飽きれて「人は神なしでは生きられない。頼むから、キリスト教でもイスラム教もでいいから、宗教に帰依してくれ」と言います。そこで私は仕方なく、「お前は神を信じるためにどこかの宗教に入れと言うが、神と本当につながる方法は宗教ではなく、自分自身だ。神は外にではなく、自分の中にある。神は信じるものではなく、感じるものなのだ」と持論を展開します。ワエルはその考えを聞いてびっくりしていました。おそらく、このような考えには出会ったことがなかったのではないでしょうか。

私のこの哲学をワエルが理解してくれたのかどうかはわかりません。その後もほぼ一年間ずっと仲良くテニスをしました。私はテニスのレギュラー選手に選ばれ、大学のためにずっと試合に出ておりました。一方彼は選ばれず、不満を漏らしていましたが、私から1ゲームしか取れないのでは選ばれるはずはありませんね。

留学後はワエルとは音信不通となりました。その後イラクのクエート侵攻から始まって湾岸戦争が勃発しましたが、彼がそのとき生き残ったのか、どうなったかは確認する術もありません。ただ言えることは、彼が留学中にテニスと宗教で強烈なインパクトを受けたのではないか、ということです。それが彼にとって良かったのか悪かったのかは、「神のみぞ知る」ですね。

さて、この私の宗教哲学に最も近いのが、実は古神道なんですね。
(続く)
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