5000年以上前までには既に地球規模の一大文明が栄えていたという仮説

古代ブリテン諸島においては5000年ほど前から、古代日本においてもおそらく5000年前には、既にその地域の最高峰と目立つ山、あるいはその目立つ山と遺跡(拠点)を結んだ直線上に次々と拠点を意図的に配置した測量技術集団がいた可能性があることがわかってきました。しかも、黒又山とグラストンベリー・トールのように山(丘)を7段のテラス構造に加工するなど、非常に似通った土木技術を持っていたことがわかります。

これをただの偶然として片づけることもできます。たとえば、たまたま5000年前に、同じような土木技術と測量方法が偶発的にアジアの東端に位置する日本とヨーロッパの西端に位置するイギリスで発生したと考えることも可能ですね。

だけど私には、この世界の東の果ての島国と西の果ての島国において、たまたま同じ特徴を持つ「石と土の文明」が同時発生したとは思えないんですよね。不自然でしょ。むしろ同じ文明から派生したのではないかと見たほうが理に適っています。もちろん理屈ではすべてを説明できないのがこの世界ですから、「100匹目の猿」のように、テレパシーか何かで同時派生したのだと考える人がいても、私は否定しません。

それはそれとして、私の説では、5000年以上前までには既に、この地球に世界共通の一大文明があったことになります。問題はそれがどこか、ですよね。

一つの可能性が、既に見てきたヨーロッパ文明の源泉とされるシュメルですね。ところが、トルコのギョベクリ・テぺに紀元前9000年か、それよりも古い「世界最古の巨石神殿」が発見されたことにより、シュメルより数千年も前に既に巨石文明が開花していた可能性も出てきました。巨石文明発祥の地は、もしかしたらアララト山からそう遠くないこのギョベクリ・テぺであったかもしれませんね。ちなみに、気づかれた方もいると思いますが、新著でもギョベクリ・テぺの遺跡については281ページに少しだけ触れています。ちょどギザ台地の第二ピラミッドと第三ピラミッドを結んだ直線が、ギョベクリ・テぺとアララト山方向を指し示しているんですね。

しかしながら、その超古代のギョベクリ・テぺ遺跡をもってしても、おそらく伝説の大洪水の後に発生したとみられる石の文明です。
というのも、世界各地に大洪水をもたらしたとみられる海面の上昇は、紀元前1万2000年ごろから急激に始まったとされているからです。それまでは、現在の海面より少なくとも100メートルは低かったと考えられています。100メートルも海面が上昇したら、確かに世界各地で洪水伝説が残っていても不思議はありませんね。

今日ご紹介する写真は、代表的な「石と土の文明」の遺跡であるエイヴベリーの大ヘンジです。

DSC_0384-1_201508181629511be.jpg

巨大なストーンサークル(石)の外側が、さらに巨大な周壁盛り土構造を持つヘンジ(土)に囲まれています。
(続く)
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