縄文時代の文化センターは北海道の垣ノ島遺跡にあった

黒又山が北東北の中心に存在したピラミッド型の神殿であるとしたら、津軽海峡を隔てた北海道の縄文遺跡群の中心は垣ノ島遺跡であったことはまず間違いないと思われます。

垣ノ島遺跡は、函館市の太平洋に面した海岸段丘上に立地し、縄文時代早期前半から後期後半(紀元前7000年~紀元前1000年頃)にかけて、約6000年もの長期にわたり縄文時代の人々が定住していた集落遺跡です。

すごいですよね。6000年間も彼らの「文明」が続いたわけです。これは青森県の三内丸山遺跡に匹敵する、あるいはそれを上回る縄文時代の文化センターであったことを物語っていますね。お恥ずかしいことに、私もこの本を書き始めるまで北海道にそのような大規模縄文遺跡が存在することは知りませんでした。それを考えると、北海道の縄文遺跡はもっと脚光を浴びてしかるべきです。

隣接する垣ノ島B遺跡の土坑墓からは、7000年以上前に作られたみられる世界最古の漆製品も出土しています。その後、縄文時代早期後半(紀元前5,000年)の土坑墓群から副葬品とみられる17点の足形付土版、後期後半の漆塗り注口土器や香炉形土器などが数多く出土しています。足形付土版などはどこかシュメルの円筒印章などの粘土板を彷彿とさせます。

ここにはまた、4000~5000年前に構築されたとみられる長さ120メートル以上の「コ」(U)の字形をした、国内最大級の大規模な盛土遺構が見つかっています。つまりイギリスで言うところの「ヘンジ」ですね。普通ヘンジは環状に構築されますが、イギリスでもマーデンヘンジ、ワウルズ・バンクのように「D」の字形のヘンジが同時期にあったことがわかっています。ヘンジを造ることが、当時の世界的流行であったとも言えるわけです。

で、私が着目したのは、垣ノ島遺跡の位置でした。
(続く)

垣ノ島遺跡の詳細はこちらをご覧ください。
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