遊び心の「仕掛け」

昨日発売された新著では、ちょっとした「お遊び風の仕掛け」が施してあります。

既にご存知の方も多いと思いますが、私が「竹内文書」を本気で取り上げる気になったのは、東経137度11分に羽根という地名が並ぶ「羽根ライン」を1984年に見つけたからです。この経線の精度は、私たちの常識を超えているわけですね。というのも既に戦国時代には存在していることがわかっている「羽根」という地名が経線上に並んでいるわけですが、それは江戸時代後期に日本を測量した伊能忠敬の地図の経線よりも正確であるだけでなく、精密な時計ができる17世紀までは達成しえなかった精度でもあるからです。

何かおかしいでしょ。我々の知っている歴史とは明らかに違う歴史がないと、この「羽根ライン」の精度は説明できないんですね。

それは置いておいて、今回の「お遊び風の仕掛け」についてご説明しましょう。この東経137度11分の「経線の羽根ライン」とは別に、北緯35度23分に「緯線の羽根ライン」があることが、地図上の「羽根」を精査しているときにわかったんです。だけどそのことは、本文のどこを読んでも、書かれていません。では、どこにあるのかというと、巻末資料に書かれているんです。これが遊び心。巻末資料「高み・聖地の解説集」を読んだ人だけが、気づくようになっています。

具体的に言うと、355ページにある神奈川県秦野市の「羽根」と島根県出雲市斐川町の「羽根」です。この二つの羽根が、北緯35度23分にきちっと配置されているんです。秦野市の羽根は「竹内文書」とのゆかりが深い大山の麓にある地名で、秦氏との関連がありそうですね。一方の斐川町の羽根は、銅剣や銅鐸が大量出土したことで知られる荒神谷遺跡のそばにあります。

当然、この緯線は東経137度11分の羽根ラインと直交します。どのあたりで直交するかというと、山岡町の巨石群の真西の地点である岐阜県土岐市で直交するんですね。土岐市もハニ(埴)と関連する名前で怪しいのですが、それよりも山岡町の巨石群を通る緯線であることが非常に重要なわけです。尖山ピラミッドラインと下田富士ピラミッドラインの交点ですからね。これが偶然のはずがありませんからね。

つまり羽根という地名を精査するだけでも、かつて越・飛騨にあったとみられる王朝は、富士山の東の駿河国から出雲国までを統治していたのではないかということがわかってくるわけです。あるいは越、飛騨、富士の各王朝は、羽根という測量点と経線、緯線という測量上の線でつながっていた共同体国家であった可能性もあります。いずれにしても、かなり広大な地域を治めていた、我々の知らない「古代日本国」があったという仮説が成り立つことになります。

ところで、その新著ですが、お蔭様でアマゾンの古代日本史部門でランキング1位(8月1日午後9時現在)に輝きました。
皆さまのご支援のお蔭です。深く御礼申し上げます。
(続く)


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