ケルト民族の前にブリテン諸島にいた謎の民族

今月30日に発売される新刊『竹内文書と平安京の謎』に、二本の長い杖を持ったウィルミントンのロングマンが出てくる理由の一つは、ロングマンには顔がないことです。目も口も鼻も耳もない「のっぺらぼう」。素性がまったくわからない謎の古代測量師がロングマンです。

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そのロングマンのように、実は約5000年前の古代ブリテン諸島において、どのような民族が「巨石文明」を築いたのか全く分かっていないんですね。

同諸島にいた古代人として、アイルランドやスコットランド、ウェールズ、コーンウォール、それにフランスのブルターニュ地方にケルト民族がいたことは知られていますが、彼らがブリテン諸島に渡って来たのは、せいぜい紀元前1000年ごろではないかとみられています。つまりケルト民族でさえ、ブリテン諸島にストーンヘンジのような巨石建造物が建てられた時代の2000年も後になって入って来た民族にすぎないわけです。

ケルト人は独自の言葉を持っていましたが、あまり文字を残しませんでした。一説にはケルト人神官のドルイドが教えを文字に残すことは正しくないと考え、口承で伝えたためだといいます。ただし、ギリシャ文字を借用したり、後にギリシャ語やラテン語を参照にしてオガム文字を考案したりしたとされています。

そうした口伝や文字の記録によって、辛うじてケルト神話が今日でも伝わっているわけです。

ケルト人はやはり多神教でした。多神教文明の流れはシュメルから古代エジプト、古代ギリシャへと受け継がれ、一部は古代ローマへ、そして一部はケルトにも引き継がれたことになります。ただしキリスト教の台頭により、彼らの宗教は事実上生き残ることができず、その宗教的思想は現在は神話に見て取ることができるだけです。そして同時に、彼らの神話の中に、ケルト人がブリテン諸島に来る前にいた謎の民族のヒントが隠されているんですね。

その謎の民族について、次回詳しく見て行きましょう。
(続く)
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