シュメル文明継承者が日本にやって来た証拠が記紀神話だった

このように神話の歴史を追っていくと、シュメル人の多神教文明の神話が形を変えながら世界に伝搬していったかを知ることができます。

しかも、これだけ細部が一致して濃密に神話が継承されているということは、シュメル文明の正統な継承者が世界を渡り歩いて行ったと考えたほうが自然なんですね。ただの神話の伝搬ではなかったということです。

既に指摘したように、シュメルの多神教文明から派生してユダヤ教、イスラム教、キリスト教という一神教文明が発達して行きました。ノアの洪水の話はそのままそっくりシュメル神話の洪水伝承のパクリです。多神教文明のギリシャ神話にもその洪水伝承が引き継がれました。ケルト文化にも同様な多神教神話が伝わっています。

そう考えると、シュメル人の正統な継承者たちは、時間をかけてではありますが、古代エイジプトやギリシャなどへの移住を繰り返し、最終的には東の果ての日本にまでたどり着いたのではないか、と考えられますね。その動かぬ証拠が、日本の記紀神話というわけです。

おそらく紀元前2000年ごろから始まったシュメル文明の衰退とともに、継承者たちはそれぞれいくつかのグループに分かれて、世界を放浪したのかもしれません。一部はイムホテプのように古代エジプトで神官を務め、ピラミッド建造や治水などで功を挙げ、エジプト王家に深く入り込んだ。そしてエジプトに多神教文明をもたらした可能性もあります。また一部は、シュメル文明の主流から外れて、古代ユダヤ人のようにエジプトに一神教をもたらそうとした。だが失敗したため、彼らは主流にはなれず、単独で中東に自分たちの国をつくったことになります。

時を前後して、シュメル文明継承者の一部はエジプトを経ずにギリシャに移った可能性もあります。というのも既に指摘したと思いますが、ギリシャのポリス(都市国家)という形態は、シュメル人の都市文明国家と類似点が多々あるからです。

やがてエジプトが衰退しはじめると、シュメル文明の継承者たちの一部は古代ギリシャに流れたのではないでしょうか。彼らはそこで、既にシュメルから移住していたシュメル文明継承者と合流、そこでも多神教文明を開花させます。ところが、そのギリシャもやがて衰退しはじめます。マケドニア王国に派遣を握られた紀元前4世紀ごろでしょうか。再び、シュメル文明継承者の一部はギリシャに見切りを付けて、別の地を目指します。その彼らの一部が、日本にやって来たとすれば、ちょうど記紀神話のアマテラスやスサノオの時代(紀元前2~3世紀)と一致しますね。

つまり正統竹内家の口伝は、一応世界史と整合性がとれているのではないか、と見なすことができるんですね。
(続く)

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