オオナムヂがミケイリノに造らせた「ピラミッド」が古代出雲大社だった

正統竹内家の口伝継承者である竹内氏が古代エジプトと古代日本を結ぶもう一つの「証拠」として挙げているのが、古代出雲大社とクフ王のピラミッドの内部構造が「同じである」ことだと言います。

確かにクフ王のピラミッドの内部構造を見ると、「王の間」に向かっていく大回廊は、その角度や長さを含めて出雲大社の本殿へと続く長い階段に似ています。「王の間」は出雲大社の本殿のご神体を安置する場所でしょうか。「王の間」の上に築かれた「重力軽減の間」と呼ばれる構造物は、その屋根の形を含めて出雲大社の本殿の造りを彷彿とされる構造をしているように見えます。

で、昨日指摘した「平三斗(ひらみつと)」ですが、出雲大社などの大社造りではあまり使われることはなく、むしろ法隆寺など仏教伝来後の寺院に多くみられることがわかりました。ただ、6世紀ごろの古代日本の建築家がもし「ピラミッド」という建造物がエジプトにあるのだという話を聞いたら、「大きくて重い屋根を支えることができるよう、屋根の重量を分散して支える組物『平三斗』を使った建築物のことだ」と思ったであろうことは間違いないでしょうね。

それはともかくとして、仮に竹内氏が継承した口伝が正しいとすると、大国主の「出雲の国譲り神話」が俄然面白くなってくるのも確かです。というのも、オオナムヂこと大国主は日向族の軍隊に攻撃され「国譲り」を迫られたときに、「自分のために高天原で天津神が住むのと同じくらい壮大な宮殿を建てること」を降伏条件にして服属を約束したからです。その壮大な宮殿が古代出雲大社であったことは疑う余地はありません。

竹内氏によると、かつてのスメル族である日向族には「ミケイリノ」という世襲名を持つ建設大臣がいて、古代エジプトでピラミッドを建造する技術をもっていたことになっています。すると、もしオオナムヂがそのことを知っていたなら、「君たちはあの古代エジプト(高天原)で壮大な宮殿ともいえるピラミッドを造った人たちだよね。だったら僕のためにもそんな宮殿を造ってよ。そしたらさ、この国譲るから」と言った可能性も出てきます。

ではなぜオオナムヂがスメル族にそのような建築技術があることを知っていたかというと、オオナムヂが実は古代ユダヤ人で、大昔にはメソポタミアでスメル族と一緒に暮らしていた民族出身者(アブラハムの子孫)であったからではないか、との推理もできるわけです。

オオナムヂが古代ユダヤ人であったなどとすると、皆さんはそれこそ笑い話に思われるでしょうね。ではなぜ、同じスメル族の一派とみられる出雲族のスサノオが、娘のスセリビメの紹介で初めてオオナムヂに会ったにもかかわらず、一目見るなり「そいつ(オオナムヂ)はアシハラノシコヲだ」と見抜いたのでしょうか。アシハラノシコヲとは「葦原色許男」と書きます。「葦原」と言えば、そう、メソポタミアにシュメル人が築いた多神教文明の地をシュメル人たちは「葦原主国」と呼んでいましたよね。だとすれば、「葦原色許男」はメソポタミアにいた部族の子孫という意味だったかもしれません。多分想像するに、オオナムヂは一目で古代ユダヤ人、つまりヘブライ人とわかるような出で立ちや容姿をしていた、だから一目で「葦原色許男」であるとわかったのだと解釈できるわけです。逆にそう解釈しないと、「葦原色許男」は意味不明の名前になってしまうんですね。

正統竹内家の口伝がどれだけ真実なのかはわかりません。でも、『古事記』の中の意味不明な記述を口伝で読み解くと、妙に辻褄が合ってしまうところが面白いところです。
(続く)
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