世界三大一神教はアブラハムの「信仰」に集約される

サライ(サラ)の当初の計画では、自分の女奴隷ハガルに夫アブラハムの子供を産ませて、その子をもらい受けてアブラハムの跡取りにしようという魂胆でした。ところが、いざ女奴隷に子供ができたことがわかると、嫉妬のような感情を抑えきれなくなり、ありとあらゆる場面で女奴隷をイジメ、事実上外に追い出してしまいました。

しかし跡取りは作らなければならなかったので、仲裁者が女奴隷ハガルの居場所を突き止め、説得して呼び戻し、後継者としてイシュマエルを産ませました。この時点でアブラハムを継ぐのはイシュマエルでした。後継者の母はハガルですから、感情的に納得の行かないサラとしては地団太を踏んだに違いありませんね。

ところが、聖書の記述ではイシュマエルが生まれてから約14年後、サラは90歳にして待望の息子を授かります。名前はイサク。月読暦を採用していたとすると、約7年後のサラが45歳、アブラハムが50歳のときです。

攻守逆転。サラから見れば、ハガルとその子イシュマエルは用済みですよね。むしろ息子イサクを万全たる後継者にするためには邪魔者にすぎません。当然、荒野に追放してしまいます。まあ、殺されなかっただけまし、と考えましょうか。

「啓典の民」は、この荒野に追放されたイシュマエルこそ、「アラブ人の祖」であると考えているわけです。で、その「アラブ人」の中から、6世紀になってムハンマドが登場します。イスラム教の開祖ですね。アラビア半島を統一してイスラム帝国の礎を築きました。遺伝学上、イシュマエルの子孫ということは、アブラハムの子孫でもあります。

一方、正妻サラから生まれた息子イサクはアラム人(古代オリエントの遊牧民)の女性リベカと結婚し、ヤコブ(別名イスラエル)が生まれます。別名がイスラエルということからも推察できますが、このヤコブからイスラエル12支族が派生します。「ユダヤ人の祖」というわけですね。ということは、やはりヤコブの祖父に当たるアブラハムは元祖古代ユダヤ人、もしくは原始ユダヤ人であると考えることができるわけです。

で、ユダヤ人の定義にもよりますが、この「ユダヤ人」の中から、ナザレのイエス(キリスト)が登場します。キリスト教の事実上の教祖様ですね。遺伝学的にも、もしかしたらアブラハムの子孫かもしれないわけです。

つまり、キリスト教、イスラム教、ユダヤ教という世界三大一神教の「元祖教祖様」みたいな存在がアブラハムに集約されてしまうんですね。なんだ、元をたどれば同じじゃん、と思いますよね。で、このアブラハムの一神教という信仰はどこから生まれたかというと、シュメル文明の多神教から派生した一宗派、一分派ということになります。

現代の世界情勢を見ると、サミュエル・ハンチントンの『文明の衝突』ではありませんが、そこらじゅうで戦争を繰り広げているのは、主にこの一神教を信仰する人たちですよね。唯一絶対の神的存在だけを認めて、自分たちは「選ばれた民」であると思い込み、他の神は悪魔か邪神にしてしまう人たちです。自分自身も神であり、人間一人一人が神である、古神道的多神教文化に長年親しんできた人たちにとっては、「同じ穴の貉(むじな)」たちが、小さな水たまりで争っているようにしか見えないのではないでしょうか。

そもそも一神教は多神教の一派でしかないはずです。「私はこの神が一番好きだ」とか、「いや、私はこっちの神の方が好きだ」というところから生まれていると思うんですね。多神教文明では、本来はどっちの神も素敵だったんです。ところが、それぞれの分派が自分たちの神を絶対であると思い込んでしまった。どの神が好きかは、本来は嗜好の問題にすぎなかったはずです。

言って見れば、コーヒー党か紅茶党の違いにすぎません。コーヒー党に言わせれば、「あのような草の味のする水を飲むのは狂っている」となります。これに対して紅茶党の人は「泥のような水を喜んで飲んでいるのはおかしい」となるわけです。別にどっちも美味しいのだからいいでしょ、好きなものを飲みなさい、と思ってしまいます。

しかし、こうした「嗜好の争い」は、シュメル文明を引き継いだとみられる古代エジプト文明においても発生しているんですね。
それを次にお話ししましょう。
(続く)
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