シュメル文明からエジプト文明への流れについて

世界の古代史のシナリオとは次のようなものです。

今から1万2000年ほど前、氷河期が終わり(あるいは何らかの原因で天変地異があり)、地球は大洪水に見舞われました。その後、生き延びた人たちは文明を築き始めます。
その一つが「縄文日本文明」であり、またメソポタミアのシュメル文明であるわけです。
ここでは古代日本からシュメルに文明の移動があったかどうかの議論は置いておきましょう。
やがてシュメル文明は衰退していきます。そして、紀元前2700年ごろからシュメル文明を築いた人々は世界各地に散って行くのですが、ある技術者らの一団はエジプトに移動し、エジプト文明に多大な影響を与えます。

私はその技術者の一団の中に、ピラミッドを建造したイムホテプかイムホテプの先祖がいたのではないかと考えています。何と言ってもシュメル人は既に、「神の訪れる人工の山」である「ジッグラト」を建造する技術を持っていましたから。
彼らの技術や知識は、彼らが生存するのに必要な武器となりました。エジプトの政治にも深く入り込み、それなりの地位を築きます。王統に入り込んだシュメル人もいたかもしれませんね。

実際にシュメル人が好んで使った「太陽神の紋章」とも呼べる16菊花紋(ロゼット紋)は、エジプト王朝においても王家や神の紋章として至る所で使われています。愛と幸運・豊穣の女神ハトホルの像に紛れもない16菊花紋が彫られていたり、ツタンカーメン王の墓から出土した神の乗り物である「太陽の車」やクッションには16菊花紋の装飾が施されたりしています。また、ラムセス二世の妻の胸像にも16菊花紋がはっきりと彫られています。ちなみにラムセスとは「太陽神ラーによって生まれた」という意味です。

少し脱線しますが、正統竹内家の口伝によると、エイジプトのピラミッドを造ったのは「ミケイリノ」の称号を持つものですから、そのことを知っていたヘロドトスがメンカウラー王を「ミケリノス」と呼んだ可能性もなくはありません。そうであれば、まさにメンカウラー王は、人工の山を造るというシュメル人の知識と技術を引き継いだ王であったことになります。ちなみにメンカウラーは「太陽神ラーの魂のように永遠である」という意味です。

シュメル文明とエジプト文明がともに太陽神を中心とする多神教であったことを考えても、やはりシュメル文明からエジプト文明への文明の流れが感じられます。たとえばシュメル神話の神々には、太陽神ウトゥ、月の神ナンナ、天空神アン、水と知恵の神エンキ、愛と豊穣・戦いの女神イナンナ、大地母神ニンフルサグ、冥界の女王エレシュキガル、冥界の王メスラムタエア、穀物女神ニサバらが登場します。一方、エジプトの神々には、太陽神ラー、月の神コンス、天空神ホルス、知恵の神トト、愛と豊穣の女神ハトホル、大地の神ゲブ、冥界の神オシリスらが並びます。つまり、ほぼ一対一に対応するぐらい、似たような神々が両文明の神話に出てくるんですね。そして王が「現人神」として神格化されることも両文明に共通しています。あとで詳しく言及しますが、日本神話の神々も同様です。

そして何よりも、シュメルからエジプトへの文明の流れを裏付ける文書も存在するんですね。それが『旧約聖書』です。
(続く)
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