シュメル人が支配した国は「葦原中国」であった

記紀が記す古代日本とシュメル人の類似性は、シュメル人が自分の国のことを何と呼んでいたか、に見出すことができます。

実はシュメルという呼称はアッカド語で、シュメル人自身は自分の国を「キエンギ」と呼びました。「キ」は大地、「エン」は主人とか、主という意味で王の称号にもなっています。そして「ギ」は「葦」の絵文字から発達した楔形文字です。大まかな意味は「葦を主とする大地の国」でしょうか。

シュメル人が住んだ土地は、その名が示すように湿地に葦が生い茂るメソポタミアの大地でした。葦は割いて筵(むしろ)状に編み込んだり、湿地帯の泥は粘土にして土器を制作したり、あるいは固めて乾かし煉瓦にして使ったりしたはずです。だからまさに葦原を主とする大地でありました。自分の国家をそのように呼ぶのも当然ですね。

ここまで聞いたらだれでも、ほかにそのような呼び名で自分の国を呼んでいた人たちを思いつきますよね。
そう、日向族のアマテラスたちです。彼らは日本のことを葦原中国と明確に呼んでいました。アマテラスはこう言いました。「葦原中国はわが子、オシホミミが統治すべき国である」と。

で、葦原中国(葦原中ツ国とも書きます)はどういう意味かというと、「(稲の生育に適した)葦の生い茂る湿原の中央の国」です。まさに「キエンギ」を直訳したら「葦原中国」となります。

すると、なぜアマテラスたちが「葦原中国」にこれほどまでにこだわったかも、なんとなくわかってきます。彼らはそこに「故郷の国」を夢見たのではないでしょうか。その遠い昔の国はどこであったかというと、正統竹内家の口伝が正しいとすると、「キエンギ」、すなわちシュメル人が支配した古代メソポタミアです。

これらをすべて偶然として片づけることはできます。
でも、古代日本人とシュメル人という2民族間におけるこれだけの類似性、相似性は、世界広しと言えどもなかなかないのではないかとも思えますよね。

となると、ここで一つの世界古代史のシナリオが浮かび上がって来ます。
(続く)
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