シュメルの長(祭祀王)がスメラミコトと呼ばれた

正統竹内家の口伝ではシュメル文明に関連して、次のような伝承があるのだそうです。

沈む太陽を追いかけるようにして、縄文時代に日本から大陸に渡ったグループはスメル族(シュメル族)と呼ばれました。彼らはメソポタミアの地に都市文明を築き、シュメル最大の都市を「スサ」と名付けます。その王は「スサの王」、すなわち「スサノオ」としてシュメル文明の中では政治と軍事を司りました。つまり、スサノオは政治・軍事王の称号だったというんですね。
一方、祭祀王はシュメルの長という意味で、スメルミコト、すなわち「スメラミコト(天皇)」と呼ばれたのだそうです。

そんな風にもっともらしく言われても、駄洒落とかオヤジギャグの類の話に聞こえますよね。でも本当にそのような伝承があるのだと竹内氏は言います。
それで私も、その伝承に矛盾がないかどうか、あるいは何かその伝承を裏付ける傍証などがないかどうか、一応調べるわけです。

するとやはり、天皇家とシュメル文明の相似性という面で、面白いことを発見します。
一つは、シュメルの王家や女神の紋章にはよくロゼット紋様と呼ばれる、中心から花弁が放射状に出る花の紋様が好んで使われることです。

中心から花弁が放射状に出る花の紋様と聞いて、何を思い浮かべるでしょうか。そう、あの16菊花紋(16日章菊形紋)、天皇家の紋章ですね。実際にメソポタミアから出土された石板(ナラム・シンの戦勝記念碑)や円筒印章印影図の紋様を見みると、まさに日本の皇室の紋章と同じなので驚かされてしまいます。

日本の皇室がこの文様を紋章として使用した背景には、かなり深い意味がありそうですね。
シュメル文明においては、山の頂の上に描かれているなど、その使われ方を見ると、太陽の紋章のように見えます。
太陽信仰と関係がありそうです。

それはそれとして、実は記紀が描く古代日本とシュメル文明の間にも驚くべき類似点があることにも気づきました。
(続く)
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