シュメル人と日本人の文化的な相似性について

イムホテプが謎の人物であったように、シュメル人(シュメール人)もまた、謎の民族です。
しかし、スメル、シュメル、スメラミコト、スサの王という「駄洒落」的相似性のほかに、シュメル人の築いた文明には古代日本を連想させる要素が非常に多いのでびっくりします。

たとえばシュメル語は、日本語と同様に膠着語といって、日本語の「てにをは」のような接辞を持つ言語であったことがわかっています。ところが、当時のオリエント世界のどこを探しても、シュメル語に近い言語は見つかっていないんです。だから、どこから来たのか全くの謎なわけです。当時の日本の縄文人がどのような言語を話していたかは定かではありませんが、もし今の日本語に近い言語を話していたとしたら、シュメル語との類似関係が見いだせるかもしれないわけですね。ということは、古代メソポタミアのシュメル人と古代日本人とのつながりが出てくるわけです。

また、言語同様に文字にも日本語との類似性が見出せます。現在、最古の文字はシュメルで生まれたとされています。そのシュメル語を表記する楔形文字は、日本の「万葉仮名」のように、文章の中で表語文字と表音文字の両方を使い分けているんですね。今日、世界で使われている文字の多くは、英語などに代表される表音文字で、しかも多くは一つの文字が一つの音を表すアルファベッドのような単音文字です。その中で、シュメル語や日本語のように表語文字(日本語の場合は漢字)と表音文字(ひらがなやカタカナ)を混ぜて使い分ける言語は非常に珍しいと言えるわけですね。

さらに、日本の「縄文文明」がそうであったように、シュメル文明もまた古くから土器文明であったことがわかっています。紀元前5000年~同3500年ごろのウバイド、エリドゥといった遺跡からは濃い茶褐色の紋様を特徴とする「彩文土器」が出土しています。そしてこの土器文明と密接に関連していますが、シュメル人の社会では現代の日本がそうであるように、ハンコ社会であったことも知られています。人類最古のハンコとされるスタンプ印章は、紀元前7000年の北シリアの遺跡から見つかっています。それがシュメル人による最古の印章なのかどうかは不明ですが、スタンプ印章はシュメル文明とともに開花します。印章は石を加工して作られ、それを粘土に押して刻みます。つまり、石と縄の違いがありますが、縄文土器の文様の付け方と同じですね。

現代において印章文化圏は、日本、中国、香港、マカオ、台湾、韓国、北朝鮮、ベトナム、インドネシア、ラオス、マレーシア、シンガポールなどに広がっています。日本へは中国を経て伝わったと考えられていますから、これらの国々をたどって行けば、確かにメソポタミアに行き着くと考えることはできます。

ということは、古代日本人がシュメル文明を築いたかどうかという問題は別にして、少なくとも日本はシュメル文明の影響を多大に受けているのではないか、という推論が導き出されるわけです。昨日紹介した『シュメルーー人類最古の文明』の中で、三笠宮祟仁親王は次のようなはしがきを寄せています。

「私がまだ子供だった頃には、ヨーロッパ文明の源泉はギリシャ・ローマだと思われていました。しかし今ではシュメル文明こそが、真の源泉だったことがわかってきました。しかも、そのシュメル文明は西方ばかりでなく、東方にも伝播し、シルクロードを経て日本にも到達しています。たとえば、シュメル人の残したデザインのモティーフが、正倉院(奈良)の宝物の中にも見られるのです」

シュメル文明は、当然の成り行きとして、次のエジプト文明に影響を与えた可能性が強いんですね。シュメル文明がイムホテプによってエジプト文明に伝播されたとしても、矛盾はまったくないわけです。さらには三笠宮親王が指摘しているように、海と陸と草原のシルクロードを経て、かなり古い時代の日本に伝播されたとしても不思議ではありませんね。

しかし、シュメル人と古代日本人、そして天皇(スメラミコト)の類似性はこれだけにとどまらないんですね。
それは記紀を読むと、よくわかります。記紀の中で、恐ろしいほど一致する記述に出くわすからです。
(続く)
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