「シュメール」は本当は「スメル」だった

ところで、なぜ「シュメール」と日本語で呼ばれるようになったかご存知でしょうか。
本当はシュメルとか、スメルが発音的に近いんです。それがどういうわけか、「シュメール」と長音記号を入れて表記されるようになりました。

実はこれには理由があって、「高天原はバビロニアにあった」とか、天皇のことをスメラミコトというが、それはスメルのミコト、すなわちスメルの王のことであるとか、スサノオはシュメルの首都スサの王のことであるといった俗説が戦前や戦中に横行したため、時のシュメール学の権威であった京都大学名誉教授の中原与茂九郎氏が混同されないようにわざと「シュメール」と音引きを入れて表記したからなんです。当然、この「俗説」がどこから来たかは、だいたい想像できますよね。そう、既に紹介した、明治・大正期の日本史研究家・木村鷹太郎氏の「新史学」です。

だけど「シュメール」という表記は間違っていることに変わりありませんね。シュメル、もしくはスメルがアッカド語の原音に近く、正しい表記なんです。でも権威ある学界の人たちは俗説が大嫌いですから、嘘の表記になってもいいから、「シュメール」にしてしまったんですね。で、この裏事情は当事者の中原氏から皇族で歴史学者の三笠宮崇仁親王が直接聞いて、我々に伝わることとなりました。詳しくは小林登志子氏の『シュメル--人類最古の文明』(中公新書)をお読みください。

中原氏の気持ちもわからなくはありません。そりゃそうです。「スメラミコト」と「スメル」は似すぎていますし、スサノオをスサの王としてしまっては、もうダジャレを通り越して、悪意(あるいは善意)さえ感じられますよね。

ところが、今紹介した「木村氏の俗説」は、ほとんどそのまま正統竹内家の口伝にも伝わっているから、話はますます面白くなります。しかも、シュメル(スメル)を調べれば調べるほど、記紀に描かれた古代日本との関係が深まってしまうんです。もう勘弁してくれよ、と私でも思ってしまいます。でも、まずはシュメル人とは何者だったのかを見てみましょう。
(続く)
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