ニギハヤヒではない「三輪の大物主」がいた!?

私はこれまで、大和のコトシロヌシはニギハヤヒではないかとの説を採ってきました。でも、それには条件があるんですね。記紀に記されているように、「神武東遷」時にニギハヤヒが生きていればの話です。

実はニギハヤヒが生きていたとすると、ちょっと無理があるんですね。記紀の記述によると、神武はアマテラスの玄孫(やしゃご:ひ孫の子)に相当します。これに対してニギハヤヒはスサノオの子オオトシですから、三世代以上も離れています。

昔は15歳ぐらいで子供を産んでいた可能性がありますから、45年の歳の差は不可能ではありません。オオトシは大歳と書くぐらいですから、かなり長命だったのかもしれません。これに対して日向族の王統は、イワナガヒメの父親オオヤマツミが予言したように、ニニギもウカヤフキアエズも「短命」に終わったことが示唆されていますものね。早く子作りをして王位を譲位したこともありえます。でも現実的に見ると、かなり苦しい見方です。

このような矛盾が出てきたのも、記紀編纂者が何としてもニギハヤヒの出自を隠すために、まさに「何でもあり」の系図改竄をやったからだと思われます。まあ、何度も言いますが、仕方がないと言えば仕方がありませんね。

そもそもなぜコトシロヌシ=ニギハヤヒ説を採ったかと言うと、それは『古事記』に神武の正妃となったのは、三輪の大物主が三島のミゾクイの娘に産ませた子であると書かれているからです(『日本書紀』ではコトシロヌシが三島ミゾクイミミの娘と結婚して生まれた子であるとしています)。三輪の大物主は、私の解釈ではニギハヤヒしかいません。既に説明したように、『古事記』にオオトシが三輪山の神になったと明確に書かれていますから。でも、もしニギハヤヒが既に亡くなっていたら、「大物主」の称号はその子孫か、ニギハヤヒと深い縁でつながっているオオナムヂの子孫に譲位されていた可能性が強いんですね。

その二つの可能性を軸に、大和のコトシロヌシが誰であったかを見て行きましょう。
(続く)
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