末子サノに立てられた白羽の矢

日向国の正統な王位継承者であるイツセが暗殺されたことは、統一王朝の実現を図るニギハヤヒにとっては大誤算であったはずです。事件現場に駆け付けたものの、もはや手遅れ。これは近畿王ニギハヤヒに対する謀反ですから、ニギハヤヒと義理の兄であるナガスネヒコの間で亀裂が生じたことは間違いないでしょう。

しかしニギハヤヒにとって、これで統一王朝樹立の夢を断念するわけにいきません。
でも、王位継承者のイツセがいなくなり、イナヒとミケヌも海外か「常世の国」に出張して「長期不在中」です。
そこで次善の策として、長男イツセに同行していた四男のサノ(のちの神武)に白羽の矢が立てられたことがその後の展開でわかります。この際、サノを日向国の正統な王位継承者にして、統一王朝のための政略結婚を進めてしまえ、というわけですね。

あくまでも政略結婚を強行しようとするニギハヤヒの決定に対し、部族長らは賛成派と反対派に真っ二つに割れ、内乱状態になったのではないかと私は見ます。

実際に記紀では、この賛成派と反対派を明確に分けて記録しています。

まず反対派は当然、イツセを暗殺したナガスネヒコが首領です。
ほかに、眠り薬を入れて神武らを殺そうとした熊野の大熊ことタシキトベ。
謀略により神武を暗殺しようとした宇陀のエウカシ。
待ち伏せていたとされる忍坂の土雲ことヤソタケル。

一方、賛成派も錚々たるメンバーです。
ニギハヤヒの息子であるタカクラジことアメノカグヤマ。
オオナムヂとタギリヒメの間に生まれた八咫烏ことアヂスキタカヒコネ(別名タケツノミ、カモノオオミカミ)。
ニギハヤヒとミカシキヤヒメの長男ウマシマヂ。
兄の謀略を密告して神武を助けたオトウカシ(宇陀の水取の祖)。
ほかに次に挙げる族長らも賛成派に回りました。
ニヘモツの子(鵜飼部の祖)。
ヰヒカ(吉野首の祖)。
イワオシワクの子(吉野の国栖の祖)。

賛成派反対派入り乱れての大乱闘の果てに、ニギハヤヒが推し進める政略結婚賛成派が勝利します。
アマテラスとスサノオの悲願であった統一王朝樹立の立役者として、サノには「はつくにしらすすめらみこと」という初めて統一王朝を作った天皇という称号が与えられました。

でも本当の立役者はニギハヤヒですよね。その点に関しても抜かりはありません。『日本書紀』ではちゃんとニギハヤヒの偉大な功績もさり気なく記されているんです。

ニギハヤヒノミコトは、天の磐船に乗って大空を飛び回り、この国を見てお降りになったので、名付けて「空見つ日本(やまと)の国(注:大空から眺めて、よい国だと選ばれた日本の国の意)」という。

つまり『日本書紀』では、国名(統一王朝)を作ったのがニギハヤヒであり、その国(場所と人)を選んだのもニギハヤヒであることを暗に認めています。ちゃんと偉大な功績を記録していた、いや記録せざるを得なかったんですね。真の「はつくにしらすすめらみこと」ですから。

ところが、です。これで統一王朝の基礎ができて一安心とはならなかったんですね。
この統一王朝に異を唱える重要人物がほかにもいたんです。
(続く)
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