ニギハヤヒがナガスネヒコの妹と結婚した理由

私の考えでは、近畿王ニギハヤヒは統一王朝樹立という亡き父スサノオの悲願を成就させるため、日向国の王子を大和に招聘し、政略結婚しようとしたことになります。目的としてはその通りなのですが、大和を含む近畿国の当時の情勢がどうであったかを知っておく必要がありますね。ちょっと複雑な事情があったようです。

その事情を説明するためには、少し時間をさかのぼって、オオナムヂの「国作り神話」について捕捉的に説明する必要があるように思われます。

出雲国の女王スセリビメと結婚したオオナムヂは、スサノオから軍事王(生大刀、生弓矢)の称号をもらい受け、各地の反乱分子(八十神)を平定して行きました。ここまでは誰もが想像できる「国作り」の事象ですね。

しかし面白いのはここからです。オオナムヂはさらにスクナヒコナの援軍を得て、各地で快進撃するのですが、その参謀であったスクナヒコナは「国作り」の最中に「常世の国」に旅立ってしまったんですね。この旅立ちが海外遠征なのか、戦いで死んでしまったことなのかは定かではありません。とにかく参謀を失ったオオナムヂは大窮地に陥ったことが『古事記』の記述からわかります。

そして、その絶体絶命の場面で途方に暮れていたオオナムヂの前に現れたのが、ニギハヤヒ(スサノオの四男オオトシ)であったことは既に説明した通りです。

当初私は、ただ単にニギハヤヒがオオナムヂの出雲国の国作りを手伝っただけなのだと思っていました。ところが、正統竹内家の口伝には、オオナムヂの軍が大和でナガスネヒコ軍に破れて敗走、琵琶湖に追い詰められたところをニギハヤヒが軍艦(天磐船)に乗って助けに来たという伝承があるのだというんですね。記紀の記述からは想像もできない物語の展開です。

しかし、この伝承が本当だとすると、合点の行くところも多いんですね。口伝によると、どうやらニギハヤヒがオオナムヂ軍とナガスネヒコ軍の間を仲裁する形で、和睦を図ります。和睦と言ったら、当然政略結婚ですよね。そこで決まった政略結婚が、ナガスネヒコの妹であるトミヤビメ(別名ミカシキヤヒメ)とニギハヤヒの間の婚姻だったというわけです。おそらくこれにより、ニギハヤヒは近畿王、もしくは大和王となったはずです。

ニギハヤヒがナガスネヒコの妹と結婚してウマジマヂが生まれたという話は、『古事記』にも『日本書紀』にも記されています。でも、どういういきさつで結婚したかということは、一切触れられていないんですね。「国作り神話」では完全に省略されてしまっています。

かつて近畿地方を舞台にして、オオナムヂとナガスネヒコ軍が戦い、それをオオトシ(ニギハヤヒ)が仲裁、政略結婚による和睦が成立したのだということを知っていると、記紀の記述がよりはっきりと、わかりやすくなるんですね。
(続く)
スポンサーサイト
Secret

プロフィール

白山菊理姫竹内文書

Author:白山菊理姫竹内文書
FC2ブログへようこそ!



最新記事

最新コメント

最新トラックバック

月別アーカイブ

カテゴリ

検索フォーム

RSSリンクの表示

リンク

ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード

QR