東征か東遷か、それが問題だ

さていよいよ神武の東征です。
でも『日本書紀』では「東征」ですが、『古事記』では「東遷」となっているんですね。かなり意味が違ってきます。
東にある大和に都を移しただけであれば遷都ですが、大和を滅ぼしに行ったのなら東征です。

私はどちらかと言うと、東遷に近かったのではないかと思っています。
どうしてか。
その理由の一つは、いくら海人族の協力と支援を受けて日向国が富国強兵できたとはいえ、まだまだニギハヤヒの大和国に対抗できるだけの兵力はなかったのではないかと思うんですね。ところが、大和国にも何か理由があって、日向族から王を受け入れたほうが都合がよいという事情があったのではないでしょうか。そこでサルタヒコ(イセツヒコ)に代表される、あるいはオオナムヂの血を引く古代ユダヤ人が仲裁する形で、三部族和合による新国家「大和」が誕生したのではないかとみるわけです。

次回、記紀の記述から実際には何があったのか、詳しく見て行きましょう。
(続く)
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