夫婦と二男が消えた理由

王統が途絶えかねない事態となった日向国は、蜂の巣をつついたような大騒ぎになったはずです。
今なら遺伝子調査で自分の子かどうか調べればいいじゃん、となるでしょうが、当時はそんなことはできなかったはずです。では、どうやってニニギの子かどうかを調べたかというと、盟神探湯(熱湯の入った鍋の底に置いた石を拾う占い。真実を証明するには火傷せずに石を拾わなければならない)のような占いをやったことが『古事記』の記述でわかります。

コノハナノサクヤヒメは出産の際に産殿に火を放ち、子供が無事に生まれたら浮気などしていないことの証であると宣言して、実際に出産したと書かれています。コノハナノサクヤヒメは宣言通りに、火が燃え盛る中、長男のホデリを生みます。次に二男のホスセリを、最後に三男のホヲリを生んだと『古事記』は言います。

三人の子供が無事に生まれたのですから、コノハナノサクヤヒメの潔白は証明されたことになりますね。浮気などしてなかったんです。ああ、よかった。王統も断絶せずに済んで、一安心です・・・。

だけど、ちょっと待ってください。その後の記述が変なんですよね。
『古事記』ではこの後、ニニギもコノハナノサクヤヒメも二男のホスセリもパタッと登場しなくなるんです。消息が完全に途絶えます。この後、いきなり海幸彦(長男ホデリ)と山幸彦(三男ホヲリ)の話になってしまうんですね。その話の中にも父親(ニニギ)と母親(コノハナノサクヤヒメ)、それに二男のホスセリは出てきません。

変でしょ。何かあったんですよ、きっと。

こうした唐突な物語の転換からわかることは、おそらく三人は早い時期に亡くなった可能性があるということです。

とくにニニギはその可能性が高いです。
その理由の一つは、幼くして華々しく王になったにも関わらず、その後の業績がほとんどないことです。つまり大人になる前に死んでしまったので、業績を残せなかったとみるわけです。もし長生きしていれば、後に長男と三男の間で喧嘩が起きたときには仲裁に入れたはずですよね。ところが出て来なかった。ということは、海幸彦と山幸彦との間でもめ事が発生した時には既に亡くなっていたとみるべきです。

もう一つの理由は、ニニギは正妻を持つ前に死んだ可能性があることです。えっ、だってコノハナノサクヤヒメがいただろうと、皆さんは当然思われますよね。コノハナノサクヤヒメが正妻だろうと見ることはできなくもありません。だけど、コノハナノサクヤヒメは『古事記』の中でニニギにこう言っているんです。
「私は身重になって、やがて出産する時期になりました。この天つ神の御子は、私事として生むべきではありません。だから申し上げます」

「私事」と書かれているわけですから、夫婦の契りをしたときには正妻ではなかったと見るのが正しいのではないでしょうか。私生児として生みたくないのは当然ですよね。今風に言うなら「できちゃったんだから、籍を入れてよね」ということでしょうか。これに対して「できちゃった、って言うけど、本当に俺の子か?」と男が言ったわけですね。

この会話の後、男がちゃんと正式に結婚したのか、できちゃった子供をちゃんと責任を取って育てたのかどうかもわかりません。おそらく健康な王であれば、ほかにも妻を娶って子供を作ったはずですよね。ところが、ほかに結婚したとは書いてありませんから、二号さん、あるいは正妻を作る前に死んでしまったと見るわけです。

同じような理由で、コノハナノサクヤヒメも桜の花びらが散るように短命であった可能性があります。おそらく過酷な占いである「火中出産」によって火傷を負ったことも考えられますね。その火傷の痕跡は隠せても、細菌感染などの合併症が出たかもしれません。身の潔白を証明するためには、火傷を負ったことをひたすら隠さなければならなかったことは容易に想像できます。治療が遅れて、手遅れになったということも十分にあるのではないでしょうか。

問題はなぜ二男のホスセリが消えたかですね。
すぐに考えつくのは、生まれて間もなくなくなったとか、家出したとか、事故で死んだ、などですが、これにも裏がありそうですね。実際のところホスセリが幼少で亡くなった可能性は高いのですが、既に説明したように『日本書紀』の編纂者はこの幼くして亡くなった二男を利用して、ここにニギハヤヒの別名を挿入、ニギハヤヒの出自を誤魔化したのだと私は見ています。
(続く)
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