サルタヒコ=キリスト説を考証する

キリストは来日していたのか、サルタヒコ(イセツヒコ)はキリストのことなのかーー。
本当かどうかはわかりませんが、サルタヒコ=イエス・キリスト説を時代考証を含めて真面目に検証してみましょう。

イエス・キリストが生きていたのは紀元前4年ごろ~紀元後28年ごろだとされています。
これに対してサルタヒコがいたとみられるのは神武東征前ですから、時代が合わないだろうと思われる方もいるかもしれませんね。なにしろ神武が東征して王(初代天皇)位に就いたのは、紀元前660年ですから、確かに700年ぐらい開きがあります・・・・・・なんて思っている人はまさかいませんよね。

信じるのは自由ですが、今ではこの紀元前660年を皇紀元年とする紀元節はまったくのデタラメであったとみられています。ただし、「デタラメ」と書きましたが、記紀編纂者はかなり古代世界史に精通していたのではないかと思われる節があるのも確かです。というのも遠く中東の地では、紀元前721年に北のイスラエル王国がアッシリアによって滅ぼされているからです。イスラエル王国の消滅によってイスラエルの12部族のうち10部族の行方が歴史からも消えます。どこにいったのかわからないので、「失われた十支族」と呼ばれています。

もし記紀編纂者の中に古代ユダヤの血を受け継いでいるものがいたとしたら、この失われた10支族を日本の記紀神話の中に盛り込もうとしたかもしれませんよね。そこで10支族が行方不明になってから約60年後に、失われた10支族が日本に渡り、日本という国ができたのだという物語をこしらえた可能性はあります。なにしろ、越、富士、出雲、淡路、ユダヤなどすべての王家の系図をまとめて、万世一系の天皇家につなげることが、記紀の目的の一つであったはずですから。

その意味で紀元前660年を神武の天皇即位の年だとするのであれば、それもOKかなと思います。

しかし現実的に見ると、神武の東征は一体いつごろであったのでしょうか。
その手がかりとなるのは、正統竹内文書の口伝の中にある月読歴です。
実は、月読歴は一年に二歳ずつ年を取るのだと竹内氏は言います。
確かに『日本書紀』では歴代天皇は軒並み100歳を超す長命になっているので、半分ぐらいに考えると常識的な数字になります。そこでかつて、第33代推古天皇から在位期間や存命期間を半分に計算し直して、歴代天皇が西暦でいつごろ就任したかを調べたことがあります。

すると、だいたい神武が存命していた期間が西暦1世紀の半ばごろであったことがわかったんですね。
正統竹内文書の口伝には、「漢委奴国王」の金印を授受する一年前に即位したという伝承もあるのだそうです。すると、神武天皇の在位期間は西暦56年ごろ~80年ごろでしょうか。

これが本当の在位期間で、神武がニニギのひ孫であるとすると、キリストの存命期間とニニギの存命期間が見事に重なってしまうんですね。つまりニニギの天孫降臨やオオナムヂの国譲りの時代は、まさにキリストが生存していた時代だった可能性があるわけです。仮に口伝や「竹内文書」に記されているように、キリストが西暦28年に死んでおらず来日していたら、「異形の神」として一目を置かれた可能性はありますよね。そのキリストの日本名が「サルタヒコ」であったとしても、矛盾はしないわけです。
(続く)
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