謎の人物サルタヒコの正体(その2)

サルタヒコがスサノオの息子(おそらく長男)であるヤシマジヌミである可能性はあるのですが、記紀に書かれたサルタヒコの風貌から浮かび上がるのは、異国人の実力者です。しかも、オオナムヂと同郷の人物であったのではないかと思われます。つまり古代ユダヤ人ですね。

その根拠は、『日本書紀』でオオナムヂが日向国のタケミカヅチらに屈して国譲りをする際に自分の後継者としてフナトノカミ(サルタヒコのこと)を推薦する件があるからです。もしサルタヒコがヤシマジヌミだとすると、自分の義理の兄を後継者にするというのはおかしいですよね。ならば同じ古代ユダヤの国作りのエキスパートで高度な知識と技術を持つ人物ではなかったかと私は見ます。

『日本書紀』の「一書(第二)」では実際、サルタヒコがオオナムヂに代わって日向国のために各地を巡り歩き、大和国の大物主(ニギハヤミ)や出雲国のコトシロヌシを説得したと書かれていますから、相当な実力者であり、ネゴシエーターであったに違いありません。

で、この強力な実力者の候補が一人いると書きましたが、なんとその人物こそ五十鈴彦、もしくは伊勢津彦ことイエス・キリストなんですね。

「えっ、それはいくらなんでもあり得ないだろう!」とみなさん当然、思われますよね。
私も同感ですが、でもこれは、正統竹内文書の口伝にあるのだと、竹内氏は言います。
「とんでもない話」なので、竹内氏は詳細を語ろうとしませんが、ゴルゴダの丘で磔刑に処されたのは、キリストの弟で、キリストは来日して五十鈴彦兼伊勢津彦となったそうです。伊勢津彦とは伊勢地方を支配した国司のような役職であると思われますから、記紀のサルタヒコの記述とも一致するんですね。実は口伝では時期も一致するそうです。またキリストにはもう一人弟がいて、兄のキリストを追うようにして来日しています。その名が石切彦。古代ユダヤの石工です。石工はフリーメソンで、当時の日本でも相当な力を持った秘密結社として存在していたのだと竹内氏はみているようです。

キリストが来日していたかどうかはわかりませんが、サルタヒコが古代ユダヤ人のキリストであったとすると納得できる部分も多いのも事実です。

このキリスト来日説は茨城の天津教が公開した「竹内文書」にも記されています。来日の時期は垂仁天皇の時代になっており、明らかに間違っていますが、キリストが上陸したとされる青森のキリスト関連遺跡群を結ぶと、一直線上になるなど、かなり高度な測量技術集団がいたことが浮かび上がってきます。
(続く)
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