すり替えられた葦原中国

オシホミミはなぜ葦原中国(出雲国)攻めに乗る気ではなかったのか――という話題も取り上げておきましょう。最初に出陣したときは、途中で「(出雲が)騒がしい(平定されていない)」という理由で引き返してきます。記紀ではまるで臆病風に吹かれた王のように描かれています。そしてタケミカヅチの武勲により出雲が平定された後に再び出陣する際には今度は「ちょうど子供が生まれたから」という理由で、その息子に役目(王位)を譲ってしまいます。気前がいいというか、野心がないというか・・・。

この理由を推定するに、おそらく親戚の多い出雲国に同情的であった、たとえば異父姉妹の宗像三女神と実は仲が良く、そのうちの二人の旦那であるオオナムヂを倒すのが忍びなかったのかなとも思いますが、本当のところはよくわかりません。懐柔に向かったはずの弟のアメノホヒや、義理の甥とみられるアメノワカヒコも逆に手なずけられてしまったぐらいの難攻不落の強敵ですから、出雲攻略に腰が引けるのも無理ないのかなとも思います。とにかくアマテラスと高木神の意に反して、政界から身を引いてしまったわけです。 

ちょっとしたお家騒動ですよね。さらに悪いことが重なりました。その短命政権の王オシホミミからその子ニニギに王位が継承される際、日向国の政治王であるタカミムスビこと高木神が亡くなった可能性が強いんです。というのも、高木神がニニギに対して真床覆衾(まとこおうふすま)の行法・儀式をしたと『日本書紀』に明確に記されているからです。

この行法は秘儀中の秘儀らしく、王になるために、前王の亡骸と一晩同衾することにより、前王の霊を体に入れる儀式ではないかとみられているんですね。つまり前王が亡くならないとやらない儀式であるわけです。正統竹内文書の口伝継承者竹内氏が言う「真床男衾(まどこおふすま)の行法」と同じもののように思われます。

ということは、出雲国を服従させ葦原中国を平定したものの、お家騒動が勃発して日向国が葦原中国を統治するどころではなくなったということでもあります。それはそうです。日向国の正統な王であるオシホミミが王位を短期間で譲位したうえに、大王とも言うべき高木神が崩御したのですから。アマテラスもそのころまでには年老いているはずです。あるいは高木神やスサノオの訃報を聞いて、急に気力が失せ、同じころに亡くなった可能性もあります。

それは『古事記』の描写からも見て取れます。ニニギが天孫降臨する際に、アマテラスは八尺(やさか)の勾玉と鏡、それに草薙の剣の三種の神器をニニギに手渡しながら、「この鏡は私の御霊として、私を拝むのと同じように敬ってお祭りしなさい」と告げます。自分の魂のように大切な神器を孫に手渡すわけですから、臨終の際に子孫に「形見分け」した、あるいは祭祀王を譲位したとみるべきです。事実このアマテラスの言葉を最後にして、アマテラスがこの世界に直接関与することはなくなります。記紀からも事実上、姿を消すんですね。

大王の高木神と祭祀王のアマテラスがこの世を去りました。オシホミミも政界から引退してしまいましたから、残されたのは、生まれたばかり、あるいはまだ幼少の王子ニニギだけです。これでは出雲に進軍するどころではなくなったことは想像に難くありません。

でも記紀編纂者はそんなこと書けませんから、この際だから「天孫降臨」したことにしてしまえば辻褄合わせができると考えたんですね。

これはかなり強引な論法です。平定したのは出雲にある葦原中国であるはずですから、出雲に降臨するのが筋ですよね。日向国を高天原と呼ぶことにより本当は九州の片田舎である日向国にいたことを伏せていたとはいえ、九州の高千穂に降臨したとするのはあまりにも乱暴な言い分です。日向国から日向国に降臨してどうするのよ、と突っ込まれても仕方ありませんね。系図のすり替えだけでなく、葦原中国のすり替えまでしてしまったわけです。

でも別に、これでいいんです。
葦原中国平定(出雲侵攻)を諦めたなんてことは、絶対に書けませんからね。そんなことを書いたら、日向国の威信は失墜してしまいます。海族(天孫族)のメンツに掛けても、「葦原中国」に天孫降臨したと書かなければならなかったわけです。まあ、日向国内のちょっとした遷都ぐらいはあったかもしれませんからね。それに大々的な戴冠式も執り行ったはずです。幼少の王ですから、重臣にはベテランが配置されました。その幼き王の戴冠式の様子が「威風堂々とした天孫降臨」の場面にすり替えられたのだと私は解釈しています。
(続く)
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