記紀に隠されたスサノオの8王子(その5)

記紀がなぜ、スサノオの8王子の中でオオトシだけ特別扱いしたのかは、簡単です。
神武東征の際、ニギハヤヒとして登場し近畿王の地位を日向族の神武に実質的に明け渡したのが、スサノオの4男オオトシということになっているからです。「なっている」と書いたのは、神武東征の時代にニギハヤヒことオオトシが生存していたのか不明のためですが、ニギハヤヒことオオトシが近畿王として君臨したのは間違いのない事実です。それは記紀にも書かれています。

どうしてそう言えるかというと、まず三輪山に君臨している神とされる大物主は間違いなくオオトシのことです。
そのことを『古事記』は実に巧妙に記述しています。
オオナムジが国作りをしているとき、参謀のスクナヒコナが亡くなって途方に暮れていると、海上を照らしながら近寄ってくる神が登場します。このとき、この神は窮地に陥っていたオオナムジを助けるんですね。それに感謝して、オオナムジは大和の三輪山にこの神を祭り上げます。三輪山の神とは大物主のことです。

で、『古事記』ではここで突然、「オオトシの神裔」を挿入するんですね。神裔とは、その神の子孫がどうなったかを示すものです。だけど、読者はまったく呆気にとられます。「なぜ、ここでオオトシの神裔があるんだ」と。

『古事記』等で「神裔」が入る場合、直前にその神の活躍が描かれるのが常なんですね。たとえば「スサノオの神裔」は、スサノオが八岐大蛇を「退治」し、クシナダヒメを娶って、須賀に宮を建てた直後に挿入されています。

ところがオオトシの場合は、オオトシの名前が全く出て来ないのに突然「オオトシの神裔」が挿入されているんですね。どう考えてもおかしいです。

でもこれが『古事記』編纂者のトリックなんですね。
ちゃんとオオトシの活躍を描いていたんです。三輪山の神こそオオトシのことであることを『古事記』編纂者は当然知っていました。だけど出雲族のスサノオの子であるから、あからさまに名前を出すわけにいかなかったので、「海上を照らし近寄ってくる神」とか「御諸山(三輪山)に鎮座しておられる神」としか書かなかったというわけです。そもそも神の名前をあえて書かないというのは不自然極まりないでしょ?

おそらく記紀編纂当時、三輪山の神とされる大物主がスサノオの子であるオオトシであることは「常識」であったと推察されます。だからこの「オオトシの神裔」の「突然の挿入」もなんらおかしなことはなかったわけです。仮に「常識」でなくても、読む人が読めば「三輪山の神はオオトシのことなんだ」とわかるように、三輪山の神の話の直後に「オオトシの神裔」を挿入したわけです。そして少なくとも私たち読者は、そのように読むべきなんですね。

次は大物主ことオオトシがなぜニギハヤヒなのか、を説明したいと思います。
(続く)
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