記紀に隠されたスサノオの8王子

日向族の「特殊部隊」による出雲襲撃事件、すなわち記紀に記された「国譲り神話」の話をする前に、当時の日向族、出雲族がどのような系図になっていたかについて紹介しておきましょう。

日向族には、アマテラスと高木神の間に5人の王子が生まれたことは既に述べました。そのアマテラス、もしくはアマテラスの娘とスサノオの間には3人の王女(宗像3女神)が生まれました。では、出雲族のスサノオの子供は何人いたのでしょうか。その答えは、8人の王子、八王子です。

実はスサノオの8王子は巧妙に隠されています。
現在、八王子神社に行くと、八王子とは宗像三女神とアマテラスの五王子のことであると説明されている場合もあります。だけど八王子がそのように解釈されるのようになったのは、明治維新以降なんですね。神仏分離の際、牛頭天王の八王子が、スサノオと天照大神との誓約(うけい)で化生した五男三女神に意図的に変えられたというのが真相です。

もうご存知のように、『古事記』を正しく読めば、そのオシホミミら五人の王子は高木神の子供であり、決してスサノオの子ではありません。たまたま数は合っていますが、そもそも五人の王子と三人の王女を足して八王子とするのは乱暴です。七人の王子と一人の王女を八王子にするぐらいならまだ許せますが、まあ明治政府の方針であり仕方のない面もあったのでしょう。明治政府自体が新しい体制をつくるために真実を隠すことに血眼になっていましたから、ある意味当然の結果でした。

では牛頭天王とは誰か。仏教におけるインドの祇園精舎の守護神であるとも、薬師如来の垂迹(すいじゃく:仏・菩薩が衆生済度のために仮の姿をとって現れること)とも言われる防疫神です。もともとは出雲の祖神であるスサノオが仏教伝来後、牛頭天王と習合したと考えられています。つまり牛頭天王は、元はスサノオであった可能性が高いんですね。そのスサノオの8王子を祀ったのが本来の八王子神社と思われます。

『古事記』編纂者にとって、この八王子は出雲国の正統な継承者でもありますから、あまり大々的に取り上げたくなかったと推察されます。それはそうですよね。日向族の神武(のちの大和王朝)にとっては敵の一族ですから。

だけど記紀でも八王子に触れないわけにはいかなかった。そのため丹念に読み解くと、スサノオの八王子が誰であったかが浮かび上がって来ます。

ます、長男はオオヤヒコことイソタケルです。
(続く)
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