三女神とオオナムジの登場

アマテラスとスサノオの誓約が、日向族と出雲族の間の和議(誓約)による政略結婚であったことは間違いないのですが、これにはまだわからない問題があります。日向族の女王と出雲族の王が結婚したのか、それとも出雲族の王と日向族の女王の娘が結婚したのかという問題です。

政略的に多部族間の王と女王同士が結婚したケースは古くからあります。
たとえば古代イスラエルの王ソロモンとシバの女王。ソロモンはエジプトのファラオの娘と結婚するなど近隣王国と条約を交わし、政略結婚を重ねて自国を強国に育てあげたユダ族の王です。これによってイスラエル王国の領土はユーフラテス川からガザにまで及び、政治は安定、ソロモンはエルサレムに初めて神殿を築くことができました。その政略結婚の中に、シバ(エチオピア地方とみられる)の女王との結婚もあったわけです。その二人の間に生まれたメネリク1世が、エチオピア初代王になったとされています。

出雲王スサノオと結婚したのは、女王なのか女王の娘なのか。まあ、どちらでもいいのですが、女王本人だとしたらアマテラスはタカミムスビこと高木神との間で5人の王子を生み、スサノオとの間に3人の王女を生んだことになります。可能な数ではあります。女王の娘との結婚だったなら、娘3人というのは、政略結婚的には妥当な線なのかもしれません。

しかしながら、ここで重要なのは、日向族と出雲族の和議により、その和議の象徴といえる女の子が三人生まれたということです。つまり日向族と出雲族の双方にとって中立的な王女3人が誕生したわけです。これは政治的にかなり利用価値がありますよね。この三人をだれが娶るのかは、両部族に取って重大事項になったはずです。

そしてこの三人の王女のうち二人を娶った人物が、古代ユダヤ人の可能性が高い大国主ことオオナムジだったんですね。オオナムジはほかにもたくさんの王女様たちと結婚しています。スサノオの娘で出雲国の実質的な女王(出雲国は末子相続であるため)であったスセリビメも妻の一人です。

ある意味、オオナムジと宗像3女神との結婚は、政治的な妥協の産物としては納得のいくものであったと言うこともできます。たとえば3女神と日向族の王子が結婚したら、日向族が王朝の正統性を掲げて出雲族打倒に動くかもしれませんよね。スサノオの8王子の一人が三女神を娶った場合も同様です。均衡が崩れます。だからどちらの部族の王子も、あえて宗像3女神の一人とは結婚せずに、よそ者であったオオナムジが消去法的にお婿さん候補に担ぎあげられたわけです。

何はともあれ、出雲族と日向族の勢力争いの再顕在化は、大国主ことオオナムジの登場によって、ひとまず先送りされることになったわけですね。
(続く)
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