オオナムジから賀茂氏、秦氏に引き継がれた古代ユダヤの”血脈”

ここでは全部は説明しませんが、古代の日本の都はすべて同じ測量・土木技術を持つ集団が造営しています。その証拠が山と山を結ぶタカミムスビの法則により見事な三角形や五芒星、それに垂直二等分線などの幾何学図形が浮かび上がることです。

藤原京だけ説明しましょう。
藤原京は、耳成山、畝傍山、天香久山の大和三山を利用して造られたことは誰の目にも明らかです。藤原京の大極殿は耳成山と天香久山を結んだ線分に対する畝傍山から引いた垂直二等分線上に築かれました。しかもこの垂直二等分線は夏至の日の出ラインと一致します。かつ葛城山と三輪山を結んだ直線と水平線になっています。藤原京の大極殿の北に耳成山があることも、耳は北のアイテムであるとする易の考えに適っています。

こうした易の考えや測量技術は、平安京が造られるはるか前から、ごく当たり前に使われていたんですね。

実はそのことはちゃんと万葉集のある歌にも記されています。この歌の解説は別の機会にするつもりですが、簡単に言うと”人工の測量山”が神代(神武天皇以前の時代)にオオナムジとスクナヒコナによって造られたとことが示唆されているんですね。オオナムジは既に述べましたが、古代ユダヤの技術を継承していたとみられる国作りのエキスパートです。
万葉集の時代にはそのことが当たり前のように知られていた、と私は読みます。

つまりここには、大国主ことオオナムジから賀茂氏、秦氏へと続く古代ユダヤの測量・土木技術の”血脈”があるように思えるわけです。その血脈については、いずれもっと詳しくお話ししたいと思っています。
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