三柱鳥居に隠されたタカミムスビの秘密

木嶋坐天照御魂神社は、境内社として蚕養神社を祀ることから、一般には「蚕ノ社」(カイコノヤシロ)として知られています。秦氏とは切っても切れない関係の神社です。そもそも神社の地名の「太秦(うずまさ)」は、秦氏が大和政権に税を納める際、絹を「うず高く積んだ」ことに由来するともされています。境内に蚕養神社があるはずですね。

面白いのは神社の正式名称です。コノシマニマスアマテルミムスビあるいはコノシマニマス アマテルミタマと呼ばれています。一般的には、原野に茂る木々の様が「木の島」のようであったから木嶋(このしま)になったとされていますが、私は古代ユダヤの知恵と知識を継承した秦氏が渡って来た日本列島のことを「この島」と言っているように思われます。彼らはこの日本で絶対的な太陽神である「ヤハウェ」の魂を見つけ、それを祀った。だからこのような名前になったのではないでしょうか。同じユダヤの知恵と知識を受け継いだとみられるオオクニヌシが祭神となっているのも偶然ではないはずです。

アマテルミムスヒについても説明しておきましょう。アマテルは太陽(神)ですね。ミは美称でムスは「魂」「産」とも書きますから、「生成すること」「生み出すこと」です。ヒは霊力や生命力を意味します。簡単に言うと、生命を生み出す太陽神の霊力みたいなものです。

古代においても現代においても太陽の力は、あらゆる生命を維持、繁栄させるには必要不可欠なエネルギーであることは言うまでもありません。つまり太陽の運行で夏至や冬至といった季節の節目を知ることも為政者にとって非常に重要なことであったはずです。太陽がどの方角から昇り、どの方角に沈んで行くかを観察し、農耕の開始時期などを決めたのでしょう。秦氏もその知恵を引き継いでいた氏族に違いありません。

その証拠が木嶋坐天照御魂神社の境内にある三柱鳥居です。
最初にこの三柱鳥居を見たときに、古代ユダヤの儀式と関係するのだろうぐらいにしか思っていませんでしたが、一つの明確な答えを出した人もいました。秦氏の研究でしられる歴史研究家の大和岩雄氏です。

大和氏は、三柱鳥居を三角形の測量点に見立て、それぞれの垂直二等分線がどちらの方角を向いているのか調べました。その結果、一本は北東にある比叡山の次鋒である四明岳と南西にある松尾大社のある松尾山を、別の一本は北西にある愛宕山と南東にある伏見稲荷大社のある稲荷山を、そしてもう一本は真北にある秦氏関連の群集墳がある双:ヶ丘(ナラビオカ)を指していることがわかったんですね。そして冬至の日には太陽が稲荷山から昇り愛宕山に沈むこと、夏至の日には太陽は四明岳から昇り、松尾山に落ちることを確認したんですね。

三柱鳥居は、一種の観測点であったわけです。三角測量には欠かせない三角点のようなものです。そして彼らは山と山を結ぶことで測量したわけです。これこそまさにタカミムスビの神髄です。

私が4年ほど前に撮影した三柱鳥居の写真。

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(続く)
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