神々の山を訪ねて37(三輪山)

古来神が宿る山として崇められてきた三輪山。

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『古事記』や『日本書紀』には、御諸山(みもろやま)、 美和山(みわやま)などの名で登場、三諸の神奈備(みもろのかむなび)とも称されます。

この山に鎮まっているとされているのが、大物主の神。
これは実はスサノオの四男とみられる大年神(大歳)のことです。
別名は天照国照彦天火明櫛玉饒速日尊。つまりニギハヤヒノミコトです。

なぜそのことがわかるかと言うと、『古事記』を丁寧に読むとそう書かれているんですね。
出雲の国作りの神話です。
スクナビコナとともに国作りを固めた大国主ことオオナムジ。ところがスクナビコナが亡くなってしまい、途方に暮れます。
そこへ御諸山の神が現れて、大和の東の山(三輪山)に自分を祀れば、国作りを助けるという趣旨のことをオオナムジに告げます。こうしてオオナムジは御諸山の神に助けられて、国作りを完成させるという話です。

で、ポイントは、この物語のすぐ後に「大年神の神裔」が突如出てくることです。
普通『古事記』では「神裔(しんえい):神の子孫のこと」というと、ある神の活躍が語られた直後に、その神の子孫は誰々である、となります。ところが、大年神の神裔の前には、ひとことも大年神の活躍が記されていないので、読者としては狐につままれたようになってしまいます。いったいなんでここに大年神が登場するか、学者の方でもわかっている方はあまりいらっしゃらないのではないでしょうか。

しかし、大年神が御諸山の神であることを知っていると、すべての疑問が氷解するんですね。大年神はオオナムジの国作りを助けた偉大な神であると書かれているからです。それを受けて、「大年神の神裔」となったと解釈すべきなんですね、丁寧に読むならば。同時になぜ三輪山の大神神社の末社に久延彦社があるのかもよくわかります。久延彦もまた、オオナムジの国作りを助けた知恵の神だからです。

おそらく『古事記』の作者は、そういう意図で国作り神話の最後に御諸山の神を登場させた。ただし、ニギハヤヒ(大年神)のことは隠さなければいけなかったので、露骨に大年神の活躍を書くことができなかった。だけど、読む人が読めば、御諸山の神がニギハヤヒであるとわかるようにした、というのが真相だと思います。

この辺りの詳しい内容の解説は、拙著『竹内文書の謎を解く②―古代日本の王たちの秘密』をお読みいただければと存じます。内容は難しいですが、まったく新しい解釈で『古事記』や『日本書紀』を読み解いています。

さてその三輪山ですが、『古事記』に「東の山」と書かれていることから木のエネルギー、数字の三から火のエネルギーを持っていたことがうかがわれます。

五行を離れて易で見れば、大物主がヘビ神とされていることから風のエネルギー、「輪」という形から天のエネルギーと近いことがわかります。また蛇神から水や雷を連想することもできます。

でも、本当の秘密はこれだけではありません。
標高467メートルにも我々の知らない秘密が隠されています。
それはまた別の機会に説明できればと思っています。
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