5000年前の古代人の完璧な測量技術48(ケンジェル王のピラミッド)

古代エジプトの主要ピラミッドの最後を飾るのは、ケンジェル王のピラミッドです。第13王朝のファラオであるケンジェル王が南サッカラに建造しました。元々の高さは37・35メートル。古名は不明です。

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右下の(5)がケンジェル王のピラミッドです。
(3)のペピ2世と(2)のシェプセスカフ王のピラミッドを結んだ直線上に建造されました。
その直線は、(6)の詳細不明の構造物とケンジェル王のピラミッドを結んだ直線と直角で交わります。
また、ギザ台地の第三ピラミッドとイビ王のピラミッドを結んだ直線上にもあり、黒いピラミッドとほぼ南北線(時計回りに0・17度の傾き)を形成します。

いかがでしょうか。これで主要33基のピラミッドの建造場所がどのような測量で決められたかをすべて説明したことになります。
これだけのことをわかっているのは、このブログの読者と私だけです。
ちょっと得したような気持ちになりましたでしょうか。

これだけのことを調べるのは大変だったのではないかと思われる読者もいるかもしれませんが、実はたった一週間で33基全部の位置を調べることができました。これもグーグルアースと国土地理院のソフトのお蔭です。
次回はちょっとだけ、そのノウハウをお教えしましょう。
(続く)
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5000年前の古代人の完璧な測量技術47(アメニ・ケマウ王のピラミッド)

古代エジプトの主要ピラミッドをこれまで31基紹介して来ましたが、その紹介も残りあとわずかになりました。
第32基目の紹介となるのは、第13王朝5代目ファラオのアメニ・ケマウ王のピラミッドです。
おそらくダハシュールに建造された最後のピラミッドです。元々の高さは35メートルで、古名は不明。

アメニ・ケマウ王のピラミッドを地図で確認しましょう。

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中央やや上にある(9)が指す点が、アメニ・ケマウ王のピラミッドです。
下記の三本の直線の交点にあります。

1)ギザ台地の第三ピラミッドとメルエンラー王のピラミッドを結んだ直線。
2)ウセルカフ王とペピ1世のピラミッドを結んだ直線。
3)テティ王とセンウセレト1世のピラミッドを結んだ直線。

しかも3)はほぼ完璧な南北線(時計回りに0・06度の傾き)でもあります。
驚くべき測量技術は第13王朝にも引き継がれたことがわかりますね。
(続く)

5000年前の古代人の完璧な測量技術46(ハワラのピラミッド)

ハワラのピラミッドは、アメンエムハト3世がハワラに造ったピラミッドです。
干拓事業が盛んに行われたファイユムのそばに建造されました。
元々の高さは58メートル。古名は「アメンエムハトは生き続ける」。

場所はこちらです。

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上の地図の下方左にある(6)の点がそうです。
このピラミッドは、アメンエムハト3世が途中で放棄した黒いピラミッドと小山群2と小山群3を結んだ直線上にあります。
たぶん小山群の彼方にピラミッドを造りたくなったんでしょうね。
しかしただ当てずっぽうに建造地を決定していないのは、次の事実からも明らかです。

アメンエムハト1世のピラミッドとギザ台地のクフ王のピラミッドを結んだ直線の距離は、アメンエムハト1世とハワラのピラミッドを結んだ直線の距離と全く等しい。

全く等しいとはどういうことかというと、こういうことです。

4万5813・6メートル(45・814キロ)と4万5813・9メートル(45・814キロ)。

約46キロ離れた距離で、メートル単位まで等しいということです。
その誤差は何と、たったの30センチです(ただし測定には、大ピラミッドの基底部北東角、アメンエムハト1世のピラミッドの基底部南西角、ハワラのピラミッドの基底部北東角を使っています)。

つまりハワラのピラミッドは、この王朝(第12王朝)の初代ファラオであるアメンエムハト1世のピラミッドからの距離が、同じアメンエムハト一世のピラミッドから大ピラミッドまでの距離と数十センチと違わない、正確に計算された位置に、精密測量によって建造されたということです。

これだけではありません。ハワラのピラミッドは、センウセレト2世のピラミッドからの距離が、センウセレト2世のピラミッドとメイドゥームのピラミッドの距離(24・7キロ)のちょうど三分の一となる場所にも造られました。

これほどの測量は、実は私たちが今考えている古代エジプトの測量技術では成し遂げられるはずがない精密さです。
GPSやレーザーを用いた距離測定方法がなかったであろう時代に、どうのようにしてこの精度を成し遂げたのか、まったくわかりません。ただただ舌を巻くばかりです。
(続く)

5000年前の古代人の完璧な測量技術45(アメンエムハト3世のピラミッド)

今日は、第12王朝6代目のファラオであるアメンエムハト3世のピラミッドです。

ダハシュールにある屈折ピラミッドから約1・4キロ離れた東に建造されましたが、途中で技術的な問題が発生したので放棄されたと考えられています。
元々の高さは75メートル。
黒ずんだ色から別名「黒いピラミッド」と呼ばれています。
古名は「アメンエムハトは美しい」。

いつものように、地図を見て見ましょう。

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番号で言うと、9番の点がアメンエムハト3世のピラミッド(黒いピラミッド)です。
この黒いピラミッドは、既に御紹介したように、屈折ピラミッドと赤いピラミッドの二点と結べば、直角三角形となります。
中央上の方に描かれた直角がそれを表わしています。
また、ネフェレフラー王とペピ2世のピラミッドを結んだ直線と、ジェドカラー・イセシ王とアメンエムハト2世のピラミッドを結んだ直線の交点にあります。
このほか、アメンエムハト1世とセンウセレト1世のピラミッド、それに黒いピラミッドは、ほぼ南北線上(時計回りに0・4~0・5度の傾き)に並んでいます。

アメンエムハト3世の黒いピラミッドの測量もなかなかなのですが、アメンエムハト3世はもう一基、遠く離れたハワラにもピラミッドを建造しています。
そしてそのハワラのピラミッドが、世界の測量史上において、最高傑作とも言えるピラミッドとなるんですね。
それは次のブログで説明しましょう。
(続く)

雪景色と富士山

昨日は都心では54年ぶりの11月の初雪。観測史上初めての積雪となりました。
一夜明けた本日は朝から快晴です。

相模湾の対岸に見える富士山も、すっきりとしています。

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すっかり雪化粧。

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手前の三角形の山が矢倉岳です。
108、68、54と来ました。25、16というのもあります。
現象は沈静化したということでしょうか。それとも単なる序章?
目が離せませんね。

5000年前の古代人の完璧な測量技術44(センウセレト3世のピラミッド)

今日紹介するのは、センウセレト3世のピラミッドです。
センウセレト3世は、第12王朝5代目のファラオ。
彼のピラミッドは、白いピラミッドの北、赤いピラミッドの北東のダハシュールに建造されました。
元々の高さは78メートル。古名は不明です。

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地図上の点(7)がセンウセレト3世のピラミッドです。
ギザの大ピラミッド、カーバー王、ペピィ2世の各ピラミッドを結んだ直線上にあります。
アメンエムハト1世(6)の真北(時計回りに0・07度の誤差)に位置し、かつジェドカラー・イセシ王のピラミッド(4)と屈折ピラミッド(2)から等距離(3・5キロ)にあります。
この時代のピラミッドは、南北線(経線)を非常に強く意識して造られていることがわかります。
(続く)

5000年前の古代人の完璧な測量技術43(センウセレト2世のピラミッド)

今日は、第12王朝4代目のファラオであるセンウセレト2世のピラミッドです。
当時灌漑工事が進められた地の近くであるエル・ラフンに建造されました。
地図で見ればわかるように、ちょっと他のピラミッド群からは離れています。
元々の高さは48・6メートルで、古名は「センウセレトが出現せり」です。

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上の地図の中央一番下にある点(11)がセンウセレト2世のピラミッドです。
全部で下に記した五本の直線の交点にあります。

1) ジェドカラー・イセシ王、イビ王、赤いピラミッドの三つのピラミッドを結んだ直線。
2) ペピィ1世とペピィ2世のピラミッドを結んだ直線。
3) サフラー王、ネフェルイルカラー王、ネフェレフラー王を結んだ直線。
4) 屈折ピラミッドと小山群3を結んだ直線。
5) アメンエムハト2世のピラミッドと小山群2を結んだ直線。

3)を別の地図で見てみましょう。

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サフラー王(1)とネフェルイルカラー王(2)のピラミッドの中心を結んだ直線が、ネフェレフラー王のピラミッド(3)の北東角を通って、センウセレト2世のピラミッドに至ることを示しています。
ちなみに線上にない(4)のピラミッドは、ニウセルラー王のピラミッドです。
非常にわかりやすい地図です。
(続く)

5000年前の古代人の完璧な測量技術42(アメンエムハト2世のピラミッド)

今日紹介するのは、アメンエムハト2世のピラミッド。別名(白いピラミッド)です。第12王朝3代目のファラオであるアメンエムハト2世が建造しました。既に一度、ダハシュールにある「赤、黒、白、屈折ピラミッドが織り成す幾何学模様」で一度紹介しましたね。完全に崩壊し、その色から白いピラミッドと呼ばれています。元々の高さは不明で、古名は「アメンエムハトは持てる者なり」。

巨視的に見ると、アメンエムハト2世のピラミッドは次のような位置にあります。

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読みづらいと思いますが、地図の上部のピラミッド群がある地域の一番右下にある点(7)がアメンエムハト2世のピラミッドです。
セケムケト王とイビ王のピラミッドを結んだ直線と、ネフェルイルカラ王とシェプセスカフ王のピラミッドを結んだ直線と、アメンヘムハト一世とセンウセレト一世のピラミッドを結んだ直線の三本の直線の交点に建造されました。
また、メルエンラー王のピラミッドと赤いピラミッドとアメンエムハト2世のピラミッドを結ぶと、完璧な直角三角形となります。
(続く)

5000年前の古代人の完璧な測量技術41(センウセレト一世のピラミッド)

第12王朝2代目のファラオであるセンウセレト1世のピラミッドは、リシェトにある父アメンエムハト1世のピラミッドのそばに建造されました。元々の高さは61・25メートル。古名は「センウセレトは2つの地を統治せり」です。

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上の地図の下のほうにある番号(13)が示す点が、センウセレト1世のピラミッドです。
昨日と同様に、地図の上のほうにごちゃごちゃと番号が振ってある辺りがサッカラのピラミッド群です。

で、この地図で驚くべき点は、センウセレト1世のピラミッドは、テティ王のピラミッドとジェドカラー・イセシ王のピラミッドを結んだ直線上にあるのですが、この直線が長さ35キロのほぼ完璧な南北線となることです。まさに羽根ラインに匹敵する精度です。
どれくらい完璧かというと、誤差はわずか3~5分です。1分は1度の60分の1ですから、わずか0・05~0・08度しか誤差がないことになります。それを35キロの距離で計測しているということは、かなりの測量技術です。

ほかにも精密な測量の形跡があります。
センウセレト1世のピラミッドは次の直線との交点にもあります。

・ウセルカフ王とペピィ1世のピラミッドを結んだ直線(ほぼ南北線で、反時計回りに0・4度の傾き)
・階段ピラミッドとイビ王のピラミッドを結んだ直線(ほぼ南北線で、反時計回りに0・7度の傾き)
・ウナス王、メルエンラー1世、シェプセフカフ王の計3つのピラミッドを結んだ直線(ほぼ南北線で反時計回りに1度の傾き)
・サフラー王、ニウセルラー王、屈折ピラミッドの計3つのピラミッドを結んだ直線

つまり合計5本の直線の交点に建造されたのが、センウセレト1世のピラミッドということになります。
(続く)

5000年前の古代人の完璧な測量技術40(アメンエムハト一世のピラミッド)

混乱の続いた第1中間期が終わり、現れたのが第12王朝の初代ファラオアメンエムハト1世でした。
第12王朝は紀元前1991年ごろから紀元前1782年ごろまで続いた王朝です。

アメンエムハト1世は、長期間中断されていたピラミッド建造を再開します。
それがリシェトに造られたアメンエムハト1世のピラミッドです。
元々の高さは55メートル。古名は「アメンエムハトはこの地に出現せり」。

ではそれがどこに建造されたかを地図で見てみましょう。

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かなり文字が小さくてわかりづらいと思いますが、地図の一番下にある番号(9)の点がリシェトにあるアメンエムハト1世のピラミッドです。地図の上の番号を密集しているところがサッカラです。
で、アメンエムハト一世のピラミッドはサッカラのピラミッドと三本の直線で結ばれています。

一つは、ウナス王、メルエンラー一世、シェプセスカフ王の3つのピラミッドを結んだ直線で、ほぼ南北線ですが、反時計回りに2度傾いています。

二つ目は、階段ピラミッドとペピィ二世のピラミッドを結んだ直線で、これもほぼ南北線ですが、反時計回りに1・5度の傾きがあります。

三つ目は、ウセルカフ王、ペピィ一世、ジェドカラー・イセシ王の三つのピラミッドを結んだ直線で、これが一番南北線に近く、反時計回りに1度だけ傾いています。

南北線を意識した三つの直線の交点にあるのが、アメンエムハト一世のピラミッドです。
非常に洗練された測量ですね。
しかもこの時代の測量は驚異的に精密で完璧であったことが、これから紹介する同王朝のピラミッドの配置からわかってきます。
(続く)

5000年前の古代人の完璧な測量技術39(クイ王のピラミッド)

クイ王のピラミッドは、謎に包まれています。
カイロから300キロ近く南に離れたダラにポツンと建造されたピラミッドで、元々の高さも古名も不明です。
加えて、果たしてクイはエジプトの王だったのか、あるいは地方豪族の王だったのかも、はっきりとはわかっていません。
一応クイは、第8王朝時代、あるいは第1中間期の支配者であったとみられています。

しかもクイのピラミッドは、土台部分しか残っていないので、階段ピラミッドだったのかマスタバだったのかもよくわかっていません。

ではそのクイのピラミッドがどこにあったかをグーグルアースで見てみましょう。

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中央付近にある番号(3)がクイ王のピラミッドです。
階段ピラミッドから見てメイドゥームのピラミッドの先にあります。
以前、階段ピラミッドから見たメイドゥームのイラストを紹介しました。

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そうです。この直線の先のはるか彼方にあるんですね。もちろんメイドゥームのピラミッドでもやっと見えるほどの距離ですから、肉眼で見ることはできません。
そもそも、ダラのような遠く離れた地になぜピラミッドを建造したのかはなぞですが、それでも古代測量師が広大なエジプトの国土をちゃんと測量して計画的にダラのピラミッドを造ったとも考えられるわけですね。
もしそうなら、クイ王は地方豪族の王ではなく、エジプトの王であったことになるわけです。

距離にも測量した形跡が見受けられます。
クイ王のピラミッドと、古都テーベ(現ルクソール)の聖山アル・クルンを結んだ直線の距離は、ギザ台地とアル・クルンを結んだ直線の距離(489キロ)のちょうど二分の一です。
クイ王のピラミッドと屈折ピラミッドを結んだ直線の距離を二倍すると、クイ王のピラミッドと、アブシンベル神殿を結んだ距離(556キロ)になります。
実際に距離を計算したのかどうかは議論が分かれるところだと思います。
でも、ちょうどテーベやアブシンベル神殿と、ギザやサッカラの間を移動する場合の中間地点にあることがわかります。

で、このクイ王のピラミッドの後、長期にわたってピラミッドは建造されなくなります。
建造が再開されるのは、実に第12王朝まで待たなくてはなりませんでした。
(続く)

5000年前の古代人の完璧な測量技術38(イビ王のピラミッド)

第8王朝の3代目ファラオであるカカラー・イビ王のピラミッドは、南サッカラにあり、ギザ台地の方向を向いた北西から南東に軸が来るように建造されています。元々の高さは21メートルとみられ、古名は不明です。

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ネフェルイルカラー王のピラミッドとメルエンラー一世のピラミッドを結んだ直線と、サフラー王のピラミッドとニウセルラー王のピラミッドの東面を結んだ直線の交点に作りました。加えて、テティ王のピラミッドから見て、ペピィ一世のピラミッドとテティ王のピラミッドの間に見えるように建造したことがうかがえます。

しばらく建造休止状態であったピラミッドは、第八王朝になって建造再開後も、きちんと測量しながら建設位置を決めたことがわかります。その際、軸を決めるのはギザ台地を使っていますが、基本的に直近の第五王朝と第六王朝のピラミッドを測量に使ったわけですね。
イビ王のピラミッドは第一号の階段ピラミッドから数えて、実に23号基に相当します。

次は第24号基に相当する、謎の多いクイのピラミッドを取り上げます。
(続く)

5000年前の古代人の完璧な測量技術37(第六王朝のピラミッド)

南サッカラに建造された第六王朝の残りのピラミッドの配置を説明しましょう。

まずペピィ一世のピラミッド。

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第二ピラミッドとカーバー王のピラミッドを結んだ直線と、メイドゥームのピラミッドとテティ王のピラミッドを結んだ直線の交点にあります。かつウセルカフ王のピラミッドの真南に造られました。

続いて、メルエンラー王のピラミッド。

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シェプセスカフ王のピラミッドとウナス王のピラミッドを結んだ直線と、サフラー王とニウセルラー王のピラミッドを結んだ直線の交点にあります。かつ、そのサフラー王とニウセルラー王のピラミッドを結んだ直線は、シェプセスカフ王のピラミッドとグレート・エンクロージャー(大囲い)の東辺とネフェルイルカラー王のピラミッドの三点を結んだ直線と平行になります。

最後はぺぺぃ2世のピラミッドです。

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ギザの大ピラミッドとカーバー王のピラミッドを結んだ直線と、赤いピラミッドとテティ王のピラミッドを結んだ直線、ウセルカフ王のピラミッドとメルエンラー王のピラミッドを結んだ直線、それに階段ピラミッドと屈折ピラミッドを結んだ直線の計4本の直線の交点にあります。しかも大ピラミッドからの距離は、大ピラミッドとカーバー王のピラミッドを結んだ直線の三倍となるように計算して位置が決められました。

いやはや、凄い測量をしていますね。
しかしながら、この後、第6王朝が崩壊すると、混乱時代に突入。ピラミッドの建造は一時休止されます。
次にピラミッドが登場するのは、第八王朝とされています。
次回はこの第八王朝のピラミッドを紹介しましょう。
(続く)

アメリカ大統領選についての感想

私はジョンズホプキンス大学の大学院でアメリカ外交史を勉強していたこともあり、今回の米大統領選についての感想をよく聞かれます。何であのような暴言を吐く人種差別主義者が勝ったのか、と。

お答えしましょう。「最悪」と「極悪」が戦って、結局「最悪」が勝ったということです。

この「最悪」が勝つ条件というのものがあります。
ここからは架空の国の話ですから、真に受けないでくださいね。

A国の国民は、バカで傲慢で無知(無恥)だとします。
ここに二人の大統領候補が出馬しました。
一人は利口だが、傲慢で無知。
もう一人は利口で、やや傲慢で、そして知識があります。

A国の国民は、前者を選びました。
というのも、傲慢と無知で親近感を覚え、利口であることで自分たちではできないことをやってくれるのではないか、という期待が膨らんだからです。無知と傲慢さで失言を繰り返す最悪の候補でしたが、陰で陰謀をたくらむような極悪人には見えなかったということです。

これに対してもう一方の候補は、やや傲慢であるということ以外、まったく親近感がわきません。
自分たちとは全く異なる階級で、きっとずるがしこく我々を騙しながら、自分たちだけで私腹を肥やしていくのではないか、という疑念が広がります。実際、真実が明るみに出て都合が悪くなると、ロシアのせいにしたり検察のせいにしたりして、国民を煙に巻きます。もしかしたら、巨大マネーを背景にしてメディアを巻き込み、この上もない悪逆をやっているかもしれません。だから国民は選ばなかったわけです。

目を別の国に転じましょう。
B国の国民は、バカで謙虚で無知です。
その国の国民は、バカで傲慢で無知な首相を選びました。
バカで無知というところで親近感を覚え、その傲慢さで自分たちのできないことをやってくれるのではないか、という期待が膨らんだためです。
喜ばしいことに、その傲慢な首相は、次から次へとこれまでできなかったことをやってくれているわけです。

すべての政治は、意識的であれ、無意識的であれ、その国の国民が選んでいます。
その国のリーダーを見れば、その三分の二はその国民の性質を表わしているようなものです。
そのリーダーがバカで傲慢で無知であれば、それは少なくとも自分たちがバカで傲慢か、傲慢で無知か、あるいはバカで無知であることを示しています。

あなたの国のリーダーは一体どのような人なんでしょうね。

5000年前の古代人の完璧な測量技術36(テティ王のピラミッド)

これから取り上げる第6王朝の4基のピラミッドの概略を先に説明しておきましょう。
番号は第一号基のジョセル王のピラミッドから数えた順番を表わしています。
テティ王のピラミッドは第19号基に相当するわけです。

(19)テティ王のピラミッド:第6王朝初代ファラオであるテティ王のピラミッド。内部の玄室には「ピラミッド・テキスト」が刻まれている。元々の高さは52・5メートル。古名は「テティの座は永遠なり」。所在地はサッカラ。
(20)ペピィ1世のピラミッド:第6王朝第3代ファラオであるペピ1世のピラミッド。周囲には10基の衛星ピラミッドが配置され、そのうちのいくつかには「ピラミッド・テキスト」が刻まれていた。元々の高さは52・5メートル。古名は「ぺピの美しさは永遠なれ」。所在地は南サッカラ。
(21)メルエンラー1世のピラミッド:第6王朝の4代目ファラオであるメルエンラー1世のピラミッド。父であるペピ1世とジェドカラー・イセシ王のピラミッドからほぼ等距離(約500メートル)の位置に建造された。元々の高さは52・5メートル。古名は「メンエンラーの美が出現せり」。所在地は南サッカラ。
(22)ペピ2世のピラミッド:第6王朝のファラオであるペピ2世のピラミッド。階段ピラミッドと屈折ピラミッドを結んだ直線上に建造された。元々の高さは52・5メートル。古名は「ペピの名声は確立し、生き続ける」。所在地は南サッカラ。

テティ王のサッカラ以外はすべて南サッカラに造られていますね。
ではグーグルアースの地図を使って説明しましょう。
テティ王のピラミッドです。

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既に説明したように、大ピラミッドとスフィンクスを結んだ直線上にあります。
同時にギザ台地の第三ピラミッドとネフェルイルカラー王のピラミッドを結んだ直線上にあり、ジェドカラー・イセシ王のピラミッドのほぼ真北に位置しています。

次回は他の三基のピラミッドを一気に説明しましょう。
(続く)

5000年前の古代人の完璧な測量技術35(第五王朝のピラミッド群まとめ)

第五王朝のピラミッドは、ほとんどすべてギザ台地のクフ王の大ピラミッドとスフィンクスを結んだ直線上に配置されたと書きました。
でも、ご存知のように点(位置)を特定するには、少なくとも二本の直線の交点でなければなりませんね。
実は第五王朝のピラミッドもそうなっています。

一つだけ地図で例を挙げておきましょう。

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第五王朝初代ファラオであるウセルカフ王のピラミッド(地図の5番)がどこにあるかを示した地図です(例によってグーグルアースを利用しています)。

大ピラミッド(7番)とスフィンクス(S)を結んだ直線と、ジェドエフラー王のピラミッド(2番)と第三ピラミッド(3番)を結んだ直線、それに屈折ピラミッド(1番)と先王のシェプセスカフ王のピラミッド(4番)を結んだ直線の計3本の直線の交点にあるのがウセルカフ王のピラミッドです。

同様にサフラー王のピラミッドは大ピラミッドとスフィンクスを結んだ直線と、赤いピラミッドと「グレートエンクロージャー(大囲い)をの左辺を結んだ南北線との交点にあります。

ネフェルイルカラー王のピラミッドは、「大囲い」の左辺と屈折ピラミッドを結んだ直線、ジェドエフラー王のピラミッドとギザ台地の第二、第三ピラミッドの間の中点を結んだ直線(しかも第二ピラミッドとサフラー王を結んだ直線と平行線となる)、そして大ピラミッドとスフィンクスを結んだ直線の交点に建造されました(ニウセルラー王のピラミッドもほぼ同様です)。

ネフェレフラー王のピラミッドは、大ピラミッドとウセルカフ王のピラミッドを結んだ直線上にあり、かつ屈折ピラミッドからの距離(11・5キロ)が大ピラミッドからの距離と等しくなる点に建てられています。

ジェドカラー・イセシ王のピラミッドは、大ピラミッドとカメレルネブティ女王の墓を結んだ直線と、第二ピラミッドとカーバー王のピラミッドを結んだ直線の交点にあり、かつカーバー王のピラミッドからの距離(10・7キロ)がカーバー王のピラミッドと第三ピラミッドを結んだ直線の距離のちょうど二倍になるような位置に造られています。

第五王朝最後のファラオであるウナス王のピラミッドは、大ピラミッドとスフィンクスを結んだ直線と、第三ピラミッドとカーバー王のピラミッドを結んだ直線の交点で、かつ第四王朝最後のファラオであったシェプセスカフ王のピラミッドのほぼ真北に建造されました。

ちゃんと先王たちに敬意を払いながら、それぞれのピラミッドの配置が決まったことがよくわかりますね。
次は第六王朝以降のピラミッドに話を進めます。
(続く)

5000年前の古代人の完璧な測量技術34(ピラミッド群が描く直線の先)

ギザ台地の三つのピラミッドはオリオン座の三ツ星と同じ配置ではないか、という説があります。
あえて否定はしませんが、そうするとサッカラのピラミッド群がどうして北東から南西方向へと並んでいるかが説明できなくなります。
ギザの三つのピラミッドもやはり、夏至の夕日が見ることができる一等地の高台に建造されたピラミッドであるとみるべきではないでしょうか。

しかしながら、もう一つ可能性があるのが、実は北東方角か南西方角に、何か重要な拠点があってピラミッド群はその方角を指し示すように建造されたかもしれない、ということです。

そこで思い出すのが、英国・北ヨークシャー州のボローブリッジにある三つの立石です。
南東から北西に向けて並ぶ三つの列石が示す方角は、5・8キロと8・0キロ、それに10・5キロと16・6キロ先にあるヘンジを正
確に指し示していました。そのことは、2013年の「ムー5月号」に書きました。

ギザ台地のピラミッドが示す南西の方角には砂漠が広がるだけで、特に目立つものは建造物や遺跡は見当たりません。
ところが北東方角には、かなり興味深い遺跡が並んでいたんですね。

それを示したのが、こちらの地図です。いつものようにグーグルアースと国土地理院のソフトを使って場所や方位角を特定しました。

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簡単に説明すると、第三ピラミッドと第二ピラミッドが示す方角には、(5)のトルコのカッパドキアがあります。
面白いのは、第二ピラミッドと大ピラミッドを結んだ直線が示す方角にある遺跡です。
(2)のレバノンのパールベック遺跡、(3)のトルコのギョベクリ・テぺ、そして(4)のアララト山が一直線上に並んでいるんですね。
もちろん単なる偶然かもしれませんが、古代エジプトの測量師たちが、エジプト文明以前の文明に敬意を示して、意図的に北東の遺跡群と直線になるように、ピラミッドを建造した可能性はあると思っています。
(続く)

5000年前の古代人の完璧な測量技術33(サッカラのピラミッド群)

シェプセスカフ王の後、ウセルカフ王となり、第五王朝が始まります。
第五王朝のピラミッドは既に大スフィンクスとスフィンクスの位置関係から説明しましたが、別の観点からも見て行きましょう。

まずはこちらの地図(グーグルアースを利用)をご覧下さい。

img039-11.jpg

サッカラのピラミッド群を地図上に示したものです。
右上から(5)テティ王のピラミッド、(3)ウセルカフ王のピラミッド、(1)ジョセル王の階段ピラミッド、(4)ウナス王のピラミッド、(2)セケムケト王のピラミッドです。

忘れていると思われるので、確認のため説明すると、(1)階段ピラミッドと(2)セケムケト王のピラミッドは第三王朝に建造、(3)ウセルカフ王のピラミッドと(4)ウナス王のピラミッドは第五王朝、(5)テティ王のピラミッドは第六王朝にそれぞれ建てられたピラミッドです。つまりこの番号順に建造されています。

見てわかるように、北東から南西にかけて並ぶように配置されています。
ここがポイントです。
ギザ台地のピラミッドも北東から南西にかけて並んでいましたね。
意味があるんです。
どういう意味か。
一つは、この北東から南西にかけてのラインに直角に交わる直線が夏至の日の入りラインだということですね。
つまりどのピラミッドも夏至の夕日を見るのに、視界に邪魔が入らないように建造されていることがわかるわけです。
言うなれば、夏至の夕日を見るための、高級マンション群だと思ってくれればいいでしょう。

もう一つ別の見方もできます。
それは長くなるので、次のブログで説明しましょう。
(続く)

5000年前の古代人の完璧な測量技術32(シェプセスカフ王のピラミッド)

Crook対Villainの壮絶な、醜い戦いは、どうやらVillainが勝ちました。
ちなみにニクソンがウォーターゲート事件で大統領辞任に追い込まれたときに会見で、 "I'm not a crook"と言ったのは有名な話です。crookではなく、villainだったらOKだったんでしょうか。

そんなことはさておき、第四王朝最後のファラオであるシェプセスカフ王のピラミッドです。

img038-11.jpg

ピラミッドと言っても、階段ピラミッド以前のタイプであるマスタバに形が戻っていますから、厳密な意味ではピラミッドではありません。
それでも、精密な測量によって位置が決められたことは間違いありません。

いつものようにグーグルアースを利用して私が作成した地図を見ると、シェプセスカフ王のピラミッドは、曾祖父のクフ王のピラミッドの中心と、カーバー王のピラミッドの中心を結んだ直線上で、しかもクフ王のピラミッドのからの距離を、クフ王とカーバー王のピラミッドの距離の三倍にした場所に建造したことがわかります。距離と方位角を非常に正確に計算して測量しているわけです。
(続く)

5000年前の古代人の完璧な測量技術31(18基のピラミッド)

今日はこれまで紹介したピラミッドの概略まとめです。

(1)ジェゼル王の階段ピラミッド(サッカラの階段ピラミッド):エジプト最古とされるピラミッド。エジプト古王国時代・第3王朝(紀元前2686年ごろ~紀元前2613年ごろ)第2代のジェゼル王が宰相のイムホテプに造らせた。6層の階段状になっている。元の高さ62メートル。所在地はサッカラ。

(2)埋もれたピラミッド:第3王朝第3代ファラオのセケムケト王が建てようとした未完成の階段ピラミッド。ジェゼル王のピラミッドの南西約600メートルの場所にある。高さは70メートルほどの予定だったらしい。所在地はサッカラ。

(3)カーバー王のピラミッド(重層ピラミッド):第3王朝のファラオであるカーバー王が建造したとみられる未完成の階段ピラミッド。高さは42~45メートルを予定していたとみられるが、現在は17メートルしかない。所在地はザウィエト・エル=アリアン。

(4)メイドゥームのピラミッド(崩れピラミッド):首都カイロから約100キロ南にあるメイドゥームにあるピラミッド。最初は第三王朝のフニ王が建造を開始したとみられるが、完成させたのは第4王朝のスネフェル王であると考えられている。高さは、本来は93メートルであったとみられるが、現在は崩壊して約六五メートルとなっている。古名は「スネフェルは不朽なり」。所在地はメイドゥーム。

(5)屈折ピラミッド:第4王朝(紀元前2613年ごろ~紀元前2494年ごろ)のファラオで、クフ王の父スネフェル王が建造したピラミッド。途中で傾斜角度が変わっているので「屈折」と名付けられた。高さ101メートル。古名は「スネフェルは南に輝く」。所在地はダハシュール。

(6)赤いピラミッド:第4王朝のスネフェル王が建造したピラミッド。表面の花崗岩が赤く見えることから名づけられた。壁面が二等辺三角形になっている方錐形となっているため、エジプト初の真正ピラミッドとされている。高さは104メートルで、エジプトのピラミッドとしては3番目に高い。古名は「スネフェルは北に輝く」。所在地はダハシュール。

(7)クフ王のピラミッド(大ピラミッド):スネフェル王の息子で、第4王朝の第2代ファラオであるクフ王が建てた真正ピラミッド。4辺は正確に東西南北を向いており、エジプトのピラミッド建築における最高傑作の一つ。元の高さは146・7メートルあり、その後約4000年にわたり世界一の建造物であった。古名は「クフの地平線」。所在地はギザ。

(8)ジェドエフラー王のピラミッド:クフ王の息子で、第4王朝第3代ファラオのジェドエフラー王が建造したとされるピラミッド。元々の高さは66メートルあったのではないかとされているが、破壊されて現在では廃墟のようになっている。エジプトで最も北にあるピラミッド。古名は「ジェドエフラーの綺羅星の頂」。所在地はアブ・ロアシュ。

(9)カフラー王のピラミッド(第2ピラミッド):ジェドエフラー王の異母兄弟とみられ、第4王朝第4代のファラオとなったカフラー王の真正ピラミッド。ギザ台地に2番目に造られたことから「第2ピラミッド」と呼ばれ、場所もギザの三大ピラミッドの真ん中にある。高さは143・5メートルあり、3大ピラミッドの中で唯一、頂上付近に外装の一部をとどめている。古名は「カフラーは偉大なり」。所在地はギザ。

(10)メンカウラー王のピラミッド(第三ピラミッド):カフラー王の息子で第五代ファラオとなったメンカウラー王が築いたとされる真正ピラミッド。ギザ台地に3番目に造られた。三大ピラミッドの中では一番小さく、元々の高さは66・5メートル。古名は、「メンカウラーは神聖なり」。所在地はギザ。

(11)シェプセスカフ王のピラミッド(マスタバ・エル=ファラウン):メンカウラー王の息子で第4王朝最後のファラオであるシェプセスカフ王のピラミッド。形状は、階段ピラミッド以前に築かれていた墓であるマスタバに戻された。元の高さは18メートル。古名は「清められたるピラミッド」。所在地は南サッカラ。

(12)ウセルカフ王のピラミッド:第5王朝初代ファラオであるウセルカフ王のピラミッド。サッカラの階段ピラミッドのすぐそばの北東に建造された。真正ピラミッドだったとみられるが、現在は崩れて円錐形の小山に見える。元の高さは49メートル。古名は「ウセルカフの地は清らかなり」。所在地はサッカラ。

(13)サフラー王のピラミッド:第5王朝第2第ファラオであるサフラー王のピラミッド。アブシール湖畔に建造された複合体遺跡に建造された最初のピラミッドでもある。元の高さは47メートル。古名は「サフラーの魂が出現せり」。所在地はアブシール。

(14)ネフェルイルカラー王のピラミッド:第5王朝第3代ファラオであるネフェルイルカラー王のピラミッド。アブシールの複合体遺跡に2つ目のピラミッドとして建造された。元の高さは73メートルで、第5王朝のピラミッドの中では最も高かった。古名は「ネフェルイルカラーの魂」。所在地はアブシール。

(15)ネフェレフラー王のピラミッド:第5王朝のファラオで、ネフェルイルカラー王の息子ネフェレフラー王のピラミッド。ネフェルイルカラー王のピラミッドのすぐそばの南南西に造られた。真正ピラミッドとして建造されたが未完成に終わったため、高さは7メートルにとどまっている。古名は「ネフェレフラーの力は神聖なり」。所在地はアブシール。

(16)ニウセルラー王のピラミッド:第5王朝のファラオで、ネフェルイルカラー王の1番下の息子ニウセルラー王のピラミッド。ネフェルイルカラー王のピラミッドのすぐ隣の北東に建造された。元の高さは52メートル。古名は「ニウセルラーの座は永遠なり」。所在地はアブシール。

(17)ジェドカラー・イセシ王のピラミッド:第5王朝のファラオであるジェドカラー・イセシ王のピラミッド。南サッカラに建造された最初のピラミッドでもある。元の高さは52・5メートル。古名は「ジェドカラー・イセシは美しい」。所在地は南サッカラ。

(18)ウナス王のピラミッド:第5王朝最後のファラオであるウナス王のピラミッド。サッカラの階段ピラミッドのすぐそばの南南西に建造された。内部の玄室の壁には、初めて「ピラミッド・テキスト」というヒエログリフの碑文が刻まれた。元の高さは43メートル。古名は「ウナスの座は美しい」。所在地はサッカラ。

ずいぶんたくさんのピラミッドを取り上げてきましたね。
(11)のシェプセスカフ王のピラミッドを除く、17基のピラミッドの配置をこれまで説明してきました。
エジプトの学者でもおそらく、これだけのことを知っている人は少ない(あるいは誰も気づいていない)と思われますから、ここまでのブログを忍耐強く読んでこられた方々は、これでかなりのピラミッド通になったはずです。

明日は一つだけ飛ばした(11)のシェプセスカフ王のピラミッドを取り上げます。
(続く)

5000年前の古代人の完璧な測量技術30(第五王朝のピラミッド群)

今日は第五王朝の7人のファラオのピラミッドを一気に説明しましょう。

同様にグーグルアースの写真を利用して説明します。
まずはこちらをご覧下さい。

img037-11.jpg

クフ王の大ピラミッドの中心から、各ファラオのピラミッドの中心に向かって直線が引いてあります。

それぞれの番号は次のピラミッドを示しています。
(1)ウセルカフ王のピラミッド
(2)サフラー王のピラミッド
(3)ネフェルイルカラー王のピラミッド
(4)ネフェレフラー王のピラミッド
(5)ニウセルラー王のピラミッド
(6)ジェドカラー・イセシ王のピラミッド
(7)ウナス王のピラミッド
(8)テティ王のピラミッド

(1)~(7)は第五王朝、(8)は第六王朝

一番右側の直線は方位角143度の直線です。
ちょうどスフィンクスの肩の辺りを通っており、この直線の先には(2)と(8)があります。
方位角とは、子午線面とのなす角度のことで、この場合は子午線(南北線)に対する時計回りの角度であると考えてください。
どうやってこの角度を出したかというと、それぞれのピラミッドの中心座標(緯度、経度)を調べ、その座標と大ピラミッドの座標からの距離と角度を国土地理院のソフトを使って算出しています。

次の方位角144度の直線は、スフィンクスの背中の辺りを通って、(3)と(5)に至ります。
右から三つ目の方位角145度の直線は、スフィンクスの腰のあたりを通り、(1)と(4)を結んでいます。
同時にこの直線は、昨日紹介した階段ピラミッドを結んだ線でもあります。

ここまでが大ピラミッドとスフィンクスを結んだ直線上にあるピラミッドの例です。
次の右から四つ目の方位角147度の直線は、スフィンクスの台座の南西角を通って、(7)に向かっています。
最後の方位角149度の直線は、女王カメレルネブティの墓の中央付近を通って、(6)に至ります。

いずれにしても、第五王朝のピラミッドは基本的に大ピラミッドとスフィンクスの延長線上に建造されたとみて間違いありません。
(続く)

5000年前の古代人の完璧な測量技術29(大ピラミッドとスフィンクス)

まずはグーグルアースの写真を使って、説明します。
次の写真は、ギザ台地の三大ピラミッドとスフィンクスを上空から撮影したものに、私が正確に直線を引いたものです。

img036-11.jpg

上からクフ王の大ピラミッド、カフラー王のピラミッド(第二ピラミッド)、そしてメンカウラー王のピラミッド(第三ピラミッド)です。
赤く囲ったところにスフィンクスが写っています。

で、ちょうど大ピラミッドの中心と、サッカラにあるジョセフ王の階段ピラミッド(ピラミッド第一号)の中心を直線で結ぶと、スフィンクスの腰の辺りを通っていることを示しています。

ということは、スフィンクスと大ピラミッドのどちらが先に建造されたかは、まだ決着したわけではありませんが、大ピラミッドが先だと仮定して、階段ピラミッドと大ピラミッドを結んだ直線上に、意図的にスフィンクスが建造されていることがわかるわけですね。

この大ピラミッドースフィンクスの直線は、第五王朝のピラミッドにおいても利用されました。
それを次回説明します。
(続く)

5000年前の古代人の完璧な測量技術28(丘の上から見たギザのピラミッド)

今日はまずはこちらの写真をご覧ください。

神々のライン 004(ギザの三大ピラミッド)-1

ギザ台地の三大ピラミッドがよく見えていますね。
実は必ずと言っていいほど、観光客はこの丘の上を訪れて、三大ピラミッドの撮影をします。
この写真も私が1984年にエジプトに行ったときに撮影したものですが、どこだかわからないけれど絶好の撮影スポットがあると言われて、連れていかれました。

この写真に写っている三大ピラミッドの角度から見て、ギザ台地の南やや西よりの地点の小山でしょうか。
おそらくメイドゥームのピラミッドか、センウセレト2世のピラミッドを結ぶ直線上にある小山がこれです。
この小山よりさらに東の地点には、私が再三紹介している小山群1があります。

このように、当然のことですが、高い丘の上からピラミッド見ると、よく見えるわけです。
測量で使わないわけはありませんね。

写真ではわかりづらいですが、クフ王の大ピラミッド(右奥)の少し離れた右下に構造物があることがわかると思います。
その点のような構造物がスフィンクスです。

私が次に紹介するのは、クフ王の大ピラミッドとスフィンクスを結んだ直線上にあるピラミッド群です。
これは改めて図を使って説明いたしましょう。
(続く)

ヤギの呪いの解き方

大リーグのワールドシリーズ第7戦、シカゴ・カブスがクリーブランド・インディアンズとの延長10回の大接戦を制して、108年ぶりチャンピオンになりました。
これで「ビリー・ゴートの呪い(ヤギの呪い)」は完全に解けたことになりますね。

ヤギの呪いとは、1945年のワールドシリーズ第4戦でヤギを連れて地元シカゴ・カブスの応援に訪れた酒場店主のウィリアム・サイアニスさん(愛称はビリー・ゴート)が、飼っていたヤギの入場を拒否されて激怒。「カブスは二度とワールドシリーズには勝てないだろう」と呪いをかけたとされることが発端で生まれたジンクスです。実際にそのシリーズのカブスは、タイガースに逆転で敗れ、それ以来70年間、ワールドシリーズ進出すら果たせない状態が続いていました。

ところが、先月22日の土曜日、カブスは呪い以来初めてリーグ優勝を成し遂げます。
しかも10月22日の土曜日というのは、奇しくも呪いの張本人であるビリー・ゴートさんが46年前(1970年)に亡くなった日と一致するんですね。どうやらこの時点で、ワールドシリーズ制覇は決まっていた感じがします。

でも、何も70年間待たなくても、呪いを解くことは可能だったんです。
それは言葉に出して、意識的に顕在化することです。
ジンクスは言挙げして効力を無くすことができるんですね。
逆に言葉に出さずに、潜在意識の奥底にしまってしまうと、ジンクスというシンクロニシティは半ば神話化して続くことになります。

ワールドシリーズ優勝に先立つ先月22日にカブスがリーグ優勝した際、カブスの選手がヤギの呪いというジンクスを顕在化したうえで、「俺たちは歴史を作るんだ」と団結していたという記事を読んだときに、私はヤギの呪いが解けるんだろうな、と予感していました。
108年ぶりの優勝という、108という数字もいいですね。
108つの煩悩を乗り越えて、成就したとも読めます。
これは何かが始まる予兆でもあります。
何かいいこと・・・・でも、言挙げしてはダメですよ。
良いことは秘して潜在意識に淡く刻むと実現します。
それがシンクロニシティの法則です。

今日は、カブスが呪いを解いて優勝したので、ヤギの呪いとシンクロニシティの話でした。

5000年前の古代人の完璧な測量技術27(ジェドエフラー王のピラミッド)

ギザ台地にクフ王の大ピラミッドが建造された後、カフラー王の第二ピラミッドが同じギザ台地に造られる前に、クフ王の息子で第4王朝第3代ファラオのジェドエフラー王がアブ・ロアシュに建造したピラミッドがあります。
ジョセル王の階段ピラミッドから数えて8番目のピラミッドということになります。
しかしながら観光客にとってはほとんどなじみのないピラミッドで、そのようなピラミッドがあることも知らない人がほとんどです。
実は本書でも紙幅の都合で省いているのですが、このジェドエフラー王のピラミッドも測量的には非常に大きな意味を持っています。
このことはエジプトの学者もおそらく気がついていませんから、本邦初公開だけでなく、世界初公開の事実かもしれません。
まずはこちらの図をご覧ください。

img034-11.jpg

グーグルアースの衛星写真地図を利用して、各ピラミッドの中心を可能なかぎり正確に印しながら私が作成したものですが、なんかゴチャゴチャしていてわかりませんね。
そこで私が引いた線だけを紹介します。

img035-11.jpg

このほうがまだわかりやすいでしょうか。
左上のほうにある7番がジェドエフラー王のピラミッドです。
で、オレンジの線を右下の方角にたどっていくと、四角く囲った部分があります。これが三大ピラミッドのあるギザ台地です。
2番がクフ王の大ピラミッド、8番はスフィンクスを示しています。
さらにオレンジの線を右下にたどっていくと、5番のカーバー王のピラミッドがあります。
カーバー王のピラミッドは既に紹介しましたが、三番目に造られたピラミッドです。
このオレンジのラインの終点にあるのが、1番のジョセフ王の階段ピラミッドとなっています。
つまり、ジェドエフラー王のピラミッドは、階段ピラミッドとカーバー王のピラミッドを結んだ直線上に意図的に造られたことがわかるわけです。しかも単なる直線上にあるのではありません。最初に紹介した図の右下に小さく書いてあるように、1~5:5~7=2:3となるように計算されています。
すわなち階段ピラミッドとカーバー王のピラミッドの距離を2とすると、カーバー王とジェドエフラー王のピラミッドの距離は3となるということです。直線上にあるだけでなく、きちんと距離も計算して建造地が決められたことを意味しますね。

このジェドエフラー王のピラミッドは、エジプトで最も北にあるピラミッドで、元々の高さは66メートルあったのではないかとされています。でも破壊されて、現在では廃墟のようになっています。
古名は「ジェドエフラーの綺羅星の頂」。
おそらく最も北にある北極星のような星をイメージしたのではないかと思われます。
(続く)

5000年前の古代人の完璧な測量技術26(ギザ台地の幾何学模様その2)

ギザ台地に描かれた幾何学図形について、昨日言葉で説明した部分を図にできる限り反映させてみることにしました。
すると次のようになります。、

img033-11.jpg

かなりゴチャゴチャしていますね。
複雑怪奇と思われるかもしれませんが、二つだけ説明しておきます。
まず、大ピラミッド(右上の大きなピラミッド)の中心と、第二ピラミッド(真ん中のピラミッド)の南西角、それにスフィンクスの右にある点Dの三点を結ぶと二等辺直角三角形になります。
点Dに一体何の意味があるのかというと、実はこれもちゃんと測量されています。
その証拠に、縮尺図ではわかりづらいと思いますが、後の新王朝時代に図の番号で25のところ(点Dの左上の黒の四角)に神殿が建造されています。つまりDと大ピラミッドの中心を結んだ直線上に、第18王朝のアメンホテプ2世がちゃんと測量して場所を選んで神殿を建てたことがわかるわけです。

説明が必要なもう一つは、図の番号9の女王カメレルネブティの墓(当初1世のための墓であったのが、後に娘である2世の墓になったとみられる)の中心と第二ピラミッドの中心、それから点A(大ピラミッドの北東角)が作る正三角形です。
南底辺の傾きが、第二ピラミッドを造ったカフラー王の葬祭殿(図の13)と「谷の神殿」(図の10)を結ぶ通路と同じ傾き、すなわち平行線となっていることがわかりますね。
元々なぜこのような傾きになっているかについては諸説あり、スフィンクスを避けるためとかいろいろ考えられてきましたが、測量的観点から言えば、正三角形の南底辺の傾きと平行にしたとも考えられるわけです。
もちろん、この傾きがある重要な日の日の入りラインになっている可能性もあります。

ということで、今日の写真は、こちらです。

神々のライン 002(ギザのピラミッド)-1

これはギザ台地の北側から撮ったものですね。
左が大ピラミッドで右が第二ピラミッドです。

そしてこちらが第二ピラミッドとスフィンクス。

神々のライン 004(第2ピラミッドとスフィンクス)

左手前に見えるのが、位置関係や形からすると、カフラー王の「谷の神殿」であると思われます。
(続く)

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