四国取材記5(東山古墳群)

道後温泉のことを書く前に、伊予三山(四山)の四番目の山である東山について触れておきましょう。
大和三山との関係で言えば、甘樫の丘に対応する山です。

既に写真は紹介しましたが、こちらが東山です。

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「東山古墳群」と書かれた案内板もあります。

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東山は伊予三山の一つとされ、古墳が多く、宅地造成などによる発掘調査で28基の古墳が確認されたと書かれています。
ここで言う伊予三山とは、天山、星岡山、東山だそうです。土亀山は入っていないんですね。
私は大和三山と対比させるために、天山、星岡山、土亀山を伊予三山と便宜上呼んでいます。

東山は非常によく整備されており、山頂まで楽に行くことができます。

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このような道を登って行くと、山頂に着きます。

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木々が生い茂っているため、見晴らしがいいというわけではありませんが、木々の間からはちゃんと伊予三山が見えます。

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上の写真中央左にある円錐形の小山が土亀山です。
そして、こちらの写真は・・・

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中央右の白いマンションのような建物の真後ろにあるのが天山で、その右奥に見えるのが土亀山です。
天山のずっと左に目を転じると、松山城と城山がはっきりと写っています。
写真ではちょうど下の二本の電線が遠くの山と交差してるように見えますが、その山が松山城と城山です。
既に説明しましたが、東山と土亀山を結ぶと、道後温泉ですから、ここから土亀山を結んだ先の山の麓に道後温泉があることがわかるわけです。
このように山の上に登ると、タカミムスビを実感することができるわけですね。
(続く)
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四国取材記4(城山と御幸寺山)

大和三山の配置が人工的なのは、火を見るよりも明らかです。
夏至の日の出ラインである葛城山と三輪山を結んだ直線と平行になるように、畝傍山から直線を引くと、それが耳成山と天香久山を結んだ直線の垂直二等分線になるように三山は配置されています。

では伊予三山はどうでしょうか。
すぐにわかるのは、星岡山と土亀山を結んだ直線がまさに松山平野を見渡す山である城山を通るんですね。
城山は勝山とも呼ばれる標高132メートルの山です。
その頂上には松山城が鎮座しています。

道後温泉から見た松山城と城山。

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奥に見えるのが城山と松山城です。
まさに松山市に君臨しているという感じの山です。

おそらく土亀山は、この城山と星岡山を結んだ直線上に3対1になるように配置された”人工山”であったのではないでしょうか。

それでは天山と東山はどうでしょうか。
この二つの山を結ぶと、御幸寺山(みきじさん)という標高164.6メートルの目立つ山に至ります。
国土地理院の地図やインターネットの写真を見ると、ギザのピラミッドを彷彿させるような三角形の綺麗な山です。

もしかしたら私も撮影していないかなと思って探したら、多分これだという山が写っていました。
それがこちら。

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右端に写っている三角形の山がおそらく御幸寺山です。
左手奥には城山と松山城が写っていますね。
位置関係はこんな感じです。
で、手前に写っているこんもりとした森は、道後公園の中心にある標高71メートルの小山です。
ちなみに写真は、この日泊まった道後温泉のホテルから撮影したものです。

付け加えると、土亀山は、道後温泉の湯元の辺りと東山を結んだ直線上にも位置しています。
このように、目立つ山と山を結んで、人工山を配置したり都を造ったりするのは、古代人の風水測量師がいたからではないでしょうか。
(続く)

四国取材記3(星岡山と東山)

昨日紹介した土亀山。

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この土亀山に対応する大和三山の山が耳成山です。
どちらも綺麗な円錐形の山であることが特徴ですね。

最初に紹介した天山(あまやま)は、大和三山の天香久山に対応します。

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ちなみに天山の標高は51メートル。まったく土亀山と同じ高さです。

そして畝傍山に対応するのが、こちら。

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星岡山。標高75メートル。

で、最後に甘樫の丘に対応するのが、東山です。

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標高は国土地理院の地図を使っても良くわかりませんが、等高線から見て45~50メートルほどだと思われます。
次はその位置関係をよく見てみましょう。
(続く)

四国取材記2(土亀山)

なぜ伊予の天山を訪れたか、でしたね。
拙著に書いたように、実は大和三山と「伊予三山」(必ずしもこういう呼び方をしているわけではありませんが、便宜上、伊予三山とします)には、何らかの関係があるとみられるんですね。
それは『伊予国風土記』にも記されています。

「天から山が二つに分かれて落ち、一つが伊予国の天山となり、もう一つは大和国の天香久山になった」というんですね。

天香久山といえば、耳成山、畝傍山とともに、大藤原京を造営する際に測量の中心的基準山となった大和三山の一つです。
その天香久山と耳成山を結んだ直線の中点が、藤原宮の北東角になっており、しかもその北東角と畝傍山を結んだ直線は垂直二等分線になっていることは拙著で説明した通りです。

で、同じようなことが果たして伊予三山にも言えるかどうか、という問題ですが、行けばすぐにわかります。
左右こそ違いますが、ほとんど相似形になっています。
しかも大和三山に甘樫の丘という、三山を見渡せる山があったように、伊予三山にも東山という三山を見渡せる山がありました。

つまり、大和盆地(奈良盆地)に配置された大和三山同様に、伊予三山も松山平野(道後平野)に人工的に配置された人工山、もしくは加工山の可能性が極めて高いということが言えるんですね。

では、それを順番に追って見て行きましょう。

伊予三山の一つ、土亀山(どがめやま)です。

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標高51メートル。低い山です。
(続く)

四国取材記1(伊予の松山へ)

呼ばれたような気がして、位山や皆神山に出かけることがありますが、今回は四国だったことは9月9日のブログに書いた通りです。
今回はその四国取材記を御紹介しましょう。

その四国へは、9月5日から8日までの三泊四日の取材旅行で行ってきました。
まさに天の計らいで、台風と台風の合間(最中?)に行ってきたわけです。

羽田から飛行機で着いたのは松山空港でした。
結構、住宅地が飛行場に近いのでびっくりします。

松山に来るのは二度目です。
一度目は共同通信社の経済部で旧農水省を担当していたとき。
牛肉オレンジの自由化(輸入割当・数量制限の撤廃)に伴う国内農家の取材で、愛媛のミカン(柑橘類生産)農家を訪ねました。
それが確か1991年ですから、実に25年ぶりの愛媛です。

空港でレンタカーを借りて、松山市内へと向かいます。

最初の目的地はこちらです。

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知る人ぞ知る、伊予の天山。
それにしても、とても台風が近くを通過している(注:台風はこのころ、確か九州の福岡辺りを通過していたはずです)とは思えないほど、晴れていますね。

さて、なぜこの山を最初に訪れたかは、次回のブログでご紹介しましょう。
先に知りたい方は、拙著『竹内文書と平安京の謎』の126ページをお読みください。
(続く)

アイルランド見聞録71(最終回・ダブリン空港)

6月14日。この日は午前中はダブリン市内で買い物をして、午後は空港そばのホテルに移動します。

この緑多いダブリンにも別れを告げます。

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ホテルからタクシーに乗って、空港そばのホテルへ。
アイルランに来た初日に泊まったホテルと同じホテルです。
荷物を置いた後、シャトルバスで空港に向かいます。

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空港で買い物などをしていたのですが、ビックリするような光景に出くわします。
空港内のお店は、もちろん自動ドアを開けないと入れないのですが、場所によってはほとんど開け放しになっている場所もあります。
そこから鳥が中に入ってきて、コンビニのようなお店の棚や床に落ちたパンくずを拾ったりしているんですね。
それはそれほど珍しくありませんが、そのショッピング街にはエスカレーターも付いていて、何と鳥たちはそのエスカレーターを使って遊んでいるんですね。
こちらがその証拠写真。

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この小鳥さんは、実は左に写っている柱の左からエスカレーターの手すりの上に乗って、そのまま数メートルも移動している最中です。

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涼しい顔をしているでしょ。
エスカレーターに乗るのに慣れているんですね。
つまりわざと動くエスカレーターの手すりに乗って、上に登って行くのを楽しんでいるわけです。
気分はEチケットでしょうか。

そんなこんなで一日が過ぎて行きました。

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ダブリン空港の夕焼けです。
これでまた、しばらくアイルランドともお別れです。
(終わり)

アイルランド見聞録70(ダブリンで夕食を)

キルデアー・ヴィレッジの後は、レンタカーを返しにダブリン空港へと向かいました。
既に紹介したように、今回の走行距離は2500キロ。イギリスの4000~5000キロに比べると、大人しい取材旅行と言えます。
車を返した後は、空港からタクシーでダブリン市内へ。
ホテルを探し出して無事にチェックイン。 
都心の繁華街テンプルバーの側にあるホテルで、今回はそのホテルには二泊します。

部屋で少しのんびりした後、外に出て街中を散策。
この日はあまり遠出しないで、近くのパブでサッカーのユーロカップを見ながら、夕食を済ませます。

翌13日は丸一日フリータイムです。
雨が降ったりやんだりの天気で、最初はデパート街でショッピングをします。
その後メインストリートを散策。

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緑が国のカラーですから、マクドナルドも赤ではなく緑です。
そしてこちらも。

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郵便ポストもグリーンなんですね。
そうこうしているうちに、すっかり晴れました。

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サッカーのユーロカップにアイルランドが出場していることや、イースター蜂起100周年ということもあり、何かお祀り気分が続いている感じです。

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そしてこちらがリフィー川。

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1981年6月にウェールズから船に乗って、初めてアイルランドの地を踏んだ時も、リフィー川の対岸に並ぶカラフルな家並みを見ていたことを鮮明に覚えています。あの時は一カ月アイルランドに滞在。来る日も来る日も雨で、晴れたのはわずか3日だけでした。
今回はその逆で、激しく雨が降ったのは2、3日で、あとはおおむね良い天気でした。

この日の晩は、ミュージカル『ティファニーで朝食を』を観劇。
トルーマン・カポーティの同名小説のミュージカル版です。
1961年のオードリー・ヘップバーン主演の映画でも有名ですね。
主人公を演じたピクシー・ロットはロンドン出身の歌手。
ヘップバーンとは違った、ちょっと小悪魔的な妖艶さを持った女優さんでした。
(続く)

アイルランド見聞録69(キルデアー・ヴィレッジ)

これで今回予定した巨石探索は終了。
この後は、ショッピングやダブリンの観光が待っています。

ダブリンに行く前に立ち寄ったのがこちら。

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キルデアー・ヴィレッジ。
ダブリンから南西に60キロほど離れた場所にあるアウトレット・モールです。

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大勢の人が訪れていました。

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デージーですね。
和菓子のように甘そうに見えます。
ここで一休みした後、ダブリンへと向かいました。
(続く)

アイルランド見聞録68(キルカレンの立石と環状土塁)

牧場主の家の玄関のベルを押します。
ところが、誰も出てきません。
留守なのでしょうか。
二回鳴らしても出て来なかったのであきらめて、無許可で牧場の中に入ろうとして、牧場の前にあるスペースに車を止めたら、犬の散歩をしている女性が二人通りかかります。
理由を説明して、牧場に入ってもいいだろうかと尋ねると、「まったく問題ない」との答えが返ってきます。
そのとき、ちょうどすぐ脇を牧場主の御嬢さんの車が通りかかります。
早速呼び止めて、牧場に入る許可を求めると、「いいわよ」と快く許可をくれました。
先ほど玄関のベルを鳴らしたけど誰もいなかったことを告げると、両親はまだ寝ていて起きなかったのではないか、とも話していました。ちょっと悪いことをしました。そのことを謝ると、「まったく大丈夫」との返事。

さらにどこに巨石遺構があるかを尋ねると、アイルランドではいつもそうなのですが、とっても丁寧に教えてくれるんですね。
どこに電気ワイヤーがあり、どうやって門を通り抜けたらいいか、牧場の入り方や巨石遺構までの行き方を教えてくれます。
どうやら、ヘンジのようなリング・フォルト(環状土塁・環状砦)が一つ、二本の立石、それにドルメンのような組石が点在している、とのことでした。

お礼を言って、牧場のゲートをくぐり中に入ります。

教えてくれた通り、牧場の丘の上に環状土塁がありました。
こちらの写真です。

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このような土塁がリング状に丘を取り囲んでいます。
で、目を隣の牧草地に転ずると・・・

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フェンスの向こう側の丘の上に、二本の巨石が立っているのが見えます。
このフェンスを乗り越えるのは無理だったので、一度下まで戻り、隣の牧草地のゲートをくぐって、立石のところまで登って行きました。これがその二本の立石です。

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反対側からも撮影。

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すると今度は、道路を挟んだ反対側の丘の上に立石があるのが見えます。
上の写真のちょうど二本の立石の間に小さく写っているのがそうです。

再び丘を下って、道路の反対側の牧草地のゲートをくぐって入り、電気ワイヤーを避けながら丘を登って行きます。
そこにあったのがこちらです。

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ケルン、つまり石塚のようです。
このように、三つの丘に三つの遺構が見事に配置されていたことがわかります。

ただし、後で調べて分かったのですが、これらは当初行こうと思っていたライレインのストーンサークルではありませんでした。
さらに1・3キロ東に離れた場所にあるキルカレンの立石、及びリング・フォルトでした。
まあ、こういうこともよくあります。
目指す目標物ではありませんでしたが、これはこれで面白い体験となりました。
(続く)

アイルランド見聞録67(ライレイン・クロスのお店)

見つけようと思ったストーンサークルがいつも見つかるわけではありません。
ライレインのストーン・サークルもその一つでした。

オガムストーンと聖オランの井戸を見た後、ライレイン・クロスという小さな町の郊外にあるライレイン・ストーンサークルを探したのですが、案内板などないのでまったくどこにあるかわかりません。
そこで町中の郵便局兼食料品店で道を尋ねることにしました。
こちらがそのお店です。

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日曜日でしたが、ちょうどお店を開けたところで、中にいたお店の人に道を聞きます。
すると、多分それは町の東の方にある巨石遺構のことを言っているのだろうということになり、新聞の束をほかのお店に運ぶ途中にあるから、少し待てば車でその場所まで先導してくれることになりました。

そこで、そのお店の前で少し待ちます。
この日は快晴。

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5分ほどすると、お店の人(女性)が出てきて、「ついて来て」と言って車で道案内してくれました。

車で走ること5分。連れてきてくれたのは、このような牧場です。

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どうやらその巨石遺構は、この牧場の中にあるようです。
その女性は勝手に牧場に入っても大丈夫と言いますが、念のためにその牧場主の住んでいる家も教えてくれて、心配なら牧場主に断って、入れてもらうといいといいます。
そこで、了解を得るため、牧場主の家を訪ねることにしました。
(続く)

アイルランド見聞録66(聖オランの井戸とオガム石)

翌6月12日。この日は一気に北上して、アイルランドの首都ダブリンまで進みます。
その前に、二、三か所立ち寄り地がありました。

まずはこちら。

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別に最初から立ち寄るつもりはなかったのですが、コーク州のアガブローグという村を通りかかったとき、道路沿いにあったので、写真に収めた次第です。

石碑を見ると・・・

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聖オランの井戸とオガムストーンと書かれています。
こちらがそのオガムストーンですね。

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西暦4世紀以前のものと思われますが、横線が何本も引かれています。

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MADORA MAQI DEGO あるいは NO MAQI DEGO と彫られているとのことですが、何の意味かは分からないそうです。
この地方の一族の族長の名前に関係する文字のようです。

こちらは聖オランの井戸。

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西洋サンザシが岩に根を張っていました。
(続く)

アイルランド見聞録65(キンセール)

この日(6月11日)泊まったのは、港町キンセールの郊外にあるガレッツタウンという村のB&Bでした。
午後4時ごろチェックインしたのですが、少し時間があったので、キンセールの町中に出かけることにしました。
車で15分ほどで町中に到着。
車を駐車場に止めて、散策します。

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さすが港町ですね。碇とブイのオブジェが飾られています。
アイルランド特有の、カラフルな壁のお店が並んでいます。

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だいたいのお店は5時半ごろ閉まってしまうのですが、何軒かは開いていたので、地元のアイリッシュ・ウィスキーをお土産用に購入。一時間ほど散策して、B&Bに戻りました。

そのB&Bからの風景です。

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窓から海が見える、静かな宿泊施設でした。
(続く)

窓の中の満月

昨日ご紹介した中秋の名月は、満月ではなかったですね。
17日の午前4時ごろの月が本当の満月でした。
これは16日午後8時半ごろの月です。

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ほぼ満月ですね。
で、こちらも同じころの満月。

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こちらは本当に真ん丸ですが、何かちょっと変ですよね。
月の周りに何やら光の点がちりばめられています。

実は上の写真は次の写真の月の部分を拡大したものです。

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明かり窓を通してのお月様でした。
つまり、図らずも窓の汚れが月明かりに浮かび上がってしまった、という写真だったんですね。
居間にいると、このように明かり窓を通してお月見ができるようになっております。

明日は再び「アイルランド見聞録」に戻ります。
アイルランド南部の港町キンセールを御紹介しましょう。

中秋の名月

昨夜は十五夜。中秋の名月でした。
天気予報によると、厚い雲が立ち込め見えそうもなかったので、ソファに寝転がってのんびりしていました。
そのとき何気に上を見上げると、明かり窓から真ん丸なお月様が顔を出します。
「あっ、晴れているんだ」と、すぐにカメラを持って外に出ます。
そのときの写真です。

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伸び放題になったバラの枝先に満月が写っています。
満月の右下の青い光は、レンズに当たって乱反射した光が写り込んだもので、UFOではありません。

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上の写真では、ちょっとだけ月の暈、「月暈(げつうん)」が写っていますね。
満月のアップ。

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最後は厚い雲の中に隠れて、朧月のようなりました。

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中秋の名月でした。

アイルランド見聞録64(リアナスクリーナ・ストーンサークル)

マイゼン・ヘッドから東に折り返して、その日の宿泊先であるキンセールに向かいました。

その途中にもう一か所、ストーンサークルを訪れたのですが、これがかなり大変なことに。
リアナスクリーナという小さな村の郊外にあるストーンサークルを探したのですが、一体どこからアプローチすればいいのかまったくわからない状態に陥ってしまったんですね。
大体の場所はわかるのですが、その場所に至るための入り口がわかないわけです。
立往生しているときに通りかかった地元のトラックターの運転手に聞いてみたところ、ようやく行き方がわかりました。
傾斜地にある牧草地をそのまま横切って、丘の上に出たら、少し左寄りに真っすぐ進めば見えるはずだ、とその地元の人は言います。
つまり、また道なき道を行かなければならないわけですね。

言われたままに、まったく道のない牧草地の斜面をひたすら登ります。
だけど丘の頂上付近に出ても、それらしいストーンサークルは見つかりません。
それだけ草が生い茂っているんですね。
それでも、言われたとおりにやや左寄りに草を押し分けながら前に進んで行くと、ようやく現れました、ストーンサークルが。

そのときの写真です。

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ここまで来るのに、また牧場一つ分歩いています。
丈の長い葦がところどころに生い茂っているので、遠くからではまったく見えない場所でした。

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リアナスクリーナ・ストーンサークルです。
直径は約9メートル。
この周辺のストーンサークルは皆同じようなサイズなので、長さを測るための共通の単位があったのではないか、とみられています。

ぐるっと一周して撮影します。

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非常に綺麗なストーンサークルでした。
(続く)

アイルランド見聞録63(最果ての地・マイゼン・ヘッド)

ダンビーコン・ストーンサークルの次に向かったのは、そこよりももっと南西にある場所です。
それも最南西端とも言うべき場所。マイゼン・ヘッドです。
イングランドで言うと、ランズ・エンドみたいな最果ての地ですね。

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写真右側の橋を渡って、先端に行くようです。

眼下にその橋を見下ろします。

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この橋を渡って灯台の施設を越えて、さらに先に進むと・・・・

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ここが終点。アイルランドの最南西端です。
晴れた日には、ここから北米大陸が見える・・・・

・・・なんてことはありません。見えるのは大西洋ばかりです。
でもアイルランドでは一番北米大陸に近い場所であることには間違いないと思います。

橋を再び渡って帰る途中、橋の中ほどでイスラエル人旅行客であるという女性が下をのぞき込んでいます。
「何を見ているの?」と聞くと、「アシカが見える」というんですね。
早速、恐る恐る下をのぞき込みながら撮影します。

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ああ、本当にいました。岩の上に二頭アシカが寝そべっています。
上の写真では良くわからないでしょうから、一頭だけ拡大しておきましょう。

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かわいく仰向けになって、寝転がっていますね。
もう一頭はこのアシカの斜め左下の岩の上で、こちら向いて寝そべっていました。
たまにはこういう無邪気な「観光」もいいですね。
ちょっとした息抜きとなりました。
(続く)

アイルランド見聞録62(ダンビーコン・ストーンサークル)

脚立のような階段を使って、牛が放牧された牧草地の中に入ります。
放牧された牛は皆、乳牛なので向かってきたりはしませんが、それでもなるべく静かに、牧草地を歩いて行きます。

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遠くにダンナマス湾が見えます。
こうして牧草地を三つほど越えたでしょうか。
脚立階段も三つか四つほど越えました。
牧草地と牧草地の間に道があり、そこを通って行くと、隣の牧草地の牛たちがこちらをじっとみていました。

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丘に向かう、その狭い道を登りきると、ようやくストーンサークルが見えて来ました。

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柵で囲まれていますが、まさに羊の放牧地のど真ん中にあります。
これがダンビーコン・ストーンサークルです。
丘の上から全景を撮ります。

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上の写真ではわからないと思いますが、遠くに見える左端の農家の前には、先ほど見たばかりの二柱の立石が立っています。ただし重なっているので、一本の立石に見えます。

近づいて撮影。

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二つの立石の間からサークルの中央を通って、遠くに目立つ山が見えていますから、このストーンサークルも高み結びの法則を使って建造された可能性があります。
(続く)

アイルランド見聞録61(ダンビーコン・ストーンサークルへ)

次に目指したのは、コリン山の麓にあるダンビーコン・ストーンサークル。
バントリーという町から12キロほど南西に離れた巨石遺構群の中にあります。
巨石遺構群に至ると思われる山道の入り口付近に案内板がありました。

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地図の上のほうにあるのがコリン山。右に描かれている海がダンナマス湾です。
ということは、右が北で、上が西ということになります。
で、この地図にはどこにどのような遺跡があり、どこに駐車場があるか印されています。
この地図を写真に撮っておけば、楽に遺跡が探せるわけですね。
地図によると、目指すストーンサークルは右から二番目のPの駐車場のそばにあることになります。

ところが、地図に従って、その「P」に車を止めても、まったく巨石遺構は見当たりません。
再び写真に撮った地図とにらめっこして、とりあえず二つの立石があるという場所に車で行ってみることにしました。

すると、「進入禁止」と書かれた道の脇に、駐車場らしきスペースを見つけます。
そこに車を止めて、周辺を探していると、地元の人とみられる男性が通りかかりました。
その人に、地図に書かれている立石とストーンサークルにはどうやって行けばいいのか尋ねます。

その男性は、いつものように快く教えてくれました。
やはり立石は、この場所でいいらしく、「進入禁止」と書かれた道の隣の小さな道を歩いていくとすぐに見つかると言います。
間違える人が多いので、わざわざ大きく「進入禁止」と書かざるを得なかったんですね。
早速、隣の道を歩いていくと、すぐに立石が見つかりました。
こちらです。

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近づいて撮影。

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「クールクラフタの列石」という名前がついていて、元々は三つの巨石が並んでいたそうです。
今ではこの二つだけ。もう一つは50メートルほど南南西に離れた場所に立っていたとか。
1980年ごろ一度、三つの立石が取り除かれましたが、反対の声が強まったので、二つは元に戻したそうです。
この二つの列石を結んで、上の写真の奥の方へと直線を延ばして行くと、400メートルほど離れた場所にストーンサークルがあるということです。

そのストーンサークルへの行き方も、先ほどの地元の男性に聞いてあります。
道の反対側の牧草地を三つほど進めばいい、というんですね。
だけどそれは地元の人なら、の話。
ちょっと車で戻れば、土地勘のない人用にちゃんとストーンサークルへの道が造られているとのこと。
すなわち、牧草地と牧草地の間を越えるときに、柵を乗り越えられるようにちゃんと階段を造ってくれているんです。

こちらがその階段です。

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この階段を使えば、鉄条網に服を引っ掛ける心配も、くぐるときに泥水の中を這う心配も、電気が流れるワイヤーに触れて感電する心配もないわけです(笑)。
(続く)


アイルランド見聞録60(キールキル・ストーンサークル)

ケンメアに二泊して、翌6月11日。
5月31日にアイルランドに着いてから、12日目となります。
6月15日が最終日ですから、この日を入れて後残り5日ということになります。
旅も終盤に入ったわけですね。

この日の宿泊予定地はアイルランドの南部コーク州の港町キンセールです。

もちろん途中、巨石遺構をめぐりながら、目的地に向かいます。

最初はキールキルという小さな村のそばにあるストーンサークルです。

狭い山道の途中にある駐車場スペースに車を止めて、キールキル・ストーンサークルに向かいます。

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村の外れの丘陵地帯。
いつものように、左下に見える赤い車が私たちのレンタカーですね。

道端に自生していたジギタリス。別名キツネの手袋。

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古代から切り傷や打ち身に対する薬として使われてきましたが、毒性が強いことでも知られています。

と、景色を見ながらずっと歩いていたら、道が行き止まりになってしまいました。
歩いてきた道の入口のゲートの方を振り返ると・・・

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ありゃりゃ、丘のはるか下の方にストーンサークルが見えます(望遠で撮っているので近くに見えますが、かなり遠くのほうにあります)。
通りすぎてしまっていました。
来た道を10分ほど引き返して、ようやくストーンサークルに到着。

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写真左手前の立石は、リカンバント・ストーンと呼ばれる「横石」で月の観測に利用されたのではないかと見られている特別な石です。写真奥の大きな石も、上が「横石」のように平らになっていますから、何かの天体観測に使われたかもしれませんね。

この五個の立石から成るストーンサークルのほかに、ペアの石柱(立石)と放射線状に石がちりばめられた石塚があります。

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写真は西北西方向から撮影したものですが、ストーンサークルの奥に見える石の塊が石塚ですね。
ペアの立石を門であると考えると、その方角は北西を向いていますから、夏至の太陽はこのペアの立石の間に沈むわけです。
また冬至の太陽は、写真で言うと、ちょうどペアの立石の奥の小山から昇ってくることになります。
晴れた日には、ここから南西に400メートルほど離れた場所にある別のストーンサークルが視認できるそうです(残念ながら、どこにあるかわかりませんでした)。

さて、先へ進みましょう。
(続く)

菊の節句の集まり

昨日は瀬戸龍介氏のコンサートに。
アット・ホームな雰囲気の中で、エネルギッシュな歌声。
特に最終盤に歌われた「スサノオノミコト」は圧巻でした。
非常に楽しませていただきました。
『Beautiful Morning MIROKU 』というニューアルバムが今月28日に発売されます。

コンサートの後は、そこに集まった人たちと計8人で、飲み会となりました。
信じられないような出会いと偶然の数々。
こちらも楽しい会合でした。
このようにして、菊の節句は過ぎて行きました。

瀬戸氏宅で2012年7月29日深夜に開催したUFO観測会が懐かしくなったので、そのとき私が撮影した曼荼羅のようなオーブを御紹介しましょう。

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あの時も不思議な集まりでした。
そのときの話は『正統竹内文書の日本史「超」アンダーグラウンド3』の第一章「天空浮船(UFO)と古神道的世界」に詳述してありますので、ご興味のある方はお読みください。

台風の間隙を縫って四国取材

台風の間隙を縫うようにして、3泊4日の四国取材旅行を敢行。昨夜、台風の影響で遅れましたが、徳島からの飛行機に乗って帰ってきました。

そもそもなぜ四国に行くようになったのかには、理由があります。
いつだったか忘れましたが、7月に「夢」を見たんですね。と言っても、私が見た夢ではありません。
その「夢」の中で、何か井戸のような円筒形の建造物と一反木綿のような妖怪が出てきます。
で、一度目が覚めて、再び寝込むと、再び井戸のような円筒形の建造物の映像が出てきたというんですね。

この夢の意味を取材で秋山氏に会いに行ったときに聞いたのが7月26日。
すると、秋山氏は「あっ、それ。道後温泉」と直感で夢の謎解きをしてくれます。
何と一反木綿かと思ったものは、「手ぬぐい」だとか(笑)。

実は前回、北陸に行くか、四国に行くかで迷って、結局北陸に取材旅行(7月11~15日)に出かけたいきさつがあります。
そのとき当然、「天山」と道後温泉のある松山は取材先の第一候補でした。
そのことは秋山氏には話していなかったので、いきなり「道後温泉」と言われたときは、「やはり四国か!」とビックリした次第です。

で、ほどなく四国取材旅行の日程を決めて、レンタカーや航空券、宿泊先の予約をしたのですが、問題は台風でした。
出発日(9月5日)が台風の九州地方通過と重なったんですね(なんと後から最終日も別の台風の通過日と重なったわけです)。

しかしいつものように、「大丈夫」というお知らせが入ります。

で、蓋を開けてみたら、雨の日でも必ず晴れるという「天の計らい」のようなものがありました。
まさかこの大雨が止むことはない、あるいは明日は朝から大雨と思ったら、空に顔を出す晴れ間。

この取材旅行の顛末についても、いずれこのブログでご紹介しましょう。
今日は9月9日。重陽、菊の節句です。
既に御紹介したように白山菊理姫と深い関係のある日です。
昨日は期せずして、阿波の国の剣山登山口にある剣神社に参拝することになりました。
これも何かの「天の計らい」。
剣と言えば、菊理姫ですよね。実はそのことすら、昨日剣山に行くことになってようやく思い出した次第です。

と、ここまで書いたところで、これまで意味がわからなかった「鍵」の意味の一部が判明します。
本日から「怒涛のように」何かが動き始めるようです。

アイルランド見聞録59(ガーティーン・ストーンサークル)

ベアラ半島の巨石遺構探しはこれぐらいにして、再びケンメア方面に戻ります。
今度はケンメアから10キロほど東南東方面に向かって、キルガーヴァンという小さな村のそばにあるガーティーン・ストーンサークルを目指しました。

ところが道が複雑でよくわかりません。再び給油所で5万分の一の地図を購入して、道を聞きます。
そのお蔭で、今度は何とか近くまで行けたのですが、目指すストーンサークルは道からは全く見えないし、案内板もありませんから、行ったり来たりを繰り返す事実上の立往生。
たまたま通りかかった地元の人に車で先導してもらって、やっと見つけました。

これがガーティーン・ストーンサークルです。

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見晴らしのいい、山の中腹に建造されておりました。

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この日はウラのストーンサークルから始まって、シュローンビラーン、アルドグルーム、デリーナタガート、それにこのガーティーンと計5基のストーンサークルと、そのほかに二本の立石を訪れました。
さすがに疲れたので、ケンメアの居酒屋ホテルに戻ります。
二泊目もホテルで食事を取り、ゆっくりと休みました。
(続く)

アイルランド見聞録58(デリーナタガート・ストーンサークル)

アルドグルームのストーンサークルを後にして、そのままベアラ半島のR571号線を西に進むと、アルドグルームの町に出ます。
ちょうど町の中心の角に、ガソリンスタンド兼郵便局兼食料品店兼カフェのお店があったので、そこに駐車して簡単なお昼を取ることにしました。
食事の後、5万分の1の詳細な地図を購入し、その地図を見ながら次の目的地を決めることにしました。

最初に目指したのは、アルドグルームから8キロほど南西に離れたインチという小さな村にある列石でした。ところが、村に到着して村を行ったり来たりしても、地図に記された場所を見つけることができません。だれか村人に会えれば、道を聞けたのですが、閑散としていて誰もいません。
これ以上時間をかけても無理だと判断して、そこから約5キロほど南下した、半島の南海岸にあるキャッスルタウンベアという港町の郊外にある巨石遺構を見に行くことにしました。

港町を通り過ぎて、山道の方へ右折。そこですぐに見つけたのは、こちらの立石でした。

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これはほぼ地図に印が付いている場所にありました。
何の案内板もありません。
住宅地の丘の上に立っていました。
ちなみに、右下に写っている赤い車が私たちのレンタカーです。

この同じ道をさらに1・5キロほど進んだ右手にストーンサークルがあると地図に記されています。
地図を頼りに、それらしき場所を探しますが、どうやら気づかずに行き過ぎてしまったようです。
来た道を戻って再び探すと、さきほど通りすぎたときに車が駐車してあった場所が、ストーンサークルの駐車場のようでした。
その道の反対側に案内板があったのですが、駐車している車のほうに注意がいってしまったので、気がつかなかったんですね。

その案内板です。

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デリーナタガート・ストーンサークル。
直径7・8メートルで、元々は15個の立石からなっていたが、現在は12個の立石が残っているなどと書かれていました。
こちらがそのストーンサークルです。

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もっと近づいて撮影します。

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見晴らしのいい台地の上に建造されています。

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案内板には、太陽や月、星などの観測に基づいて立石が配置されたのではないかと、書かれていました。
(続く)

富士山の戴冠式と菊理姫の剣

昨日紹介した「富士山の戴冠式」は実に壮麗でした。

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この、もしかしたら富士王朝の復活をシンボル的に告げているのかもしれない「太陽による富士山の戴冠式」には、いろいろな雲の精霊たちも列席しました。

こちらの方々です。
戴冠式の前。

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戴冠式の後。

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実にすばらしい神事でした。

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どうして続けて、この自然現象を取り上げたかというと、今日から一週間後の9月9日に菊の節供が来るからです。
菊と言えば、菊理姫ですね。白山菊理姫。数霊的には、99は100から1を引いた数ですから、「百」から「一」を引いて「白」。それで白山菊理姫となります。

実は最近、秋山眞人氏とのつながりで、「精神世界の中心でブレイクダンスを踊る」のタカテルさんと時々食事をする機会があります。
そのタカテルさんが、菊理姫について面白いブログを書かれているので、紹介しておきましょう。
こちら「精神世界の中心でブレイクダンスを踊る」です。

そのタカテルさんの8月19日ブログ「神秘体験 ~キクリヒメの御遣い~」には次のように書かれています。

話の流れで、先日降りてきた私の「坤北のキクリヒメへ向かう」(詳しくは、「2016年8月8日とその前後」」をお読みください。)という自動書記を見ていただくことになり、秋山先生にそれをお見せしました。

先生の審神者によると、坤(8に象徴される大地・女神のチャンネル)が解放され、そのエネルギーが人の想念と連動する形で、9月9日の菊の節句に向けて一気に強まっていく、ということなのだそうです。

そうなると、あらゆる神々の働きも激しくなり、普段起きえないことが頻発する可能性があるのだそうです。

その際、どんな現実を体験することになるのかは、各々が発している想念によるところがかなり大きくなり、あらゆる奇跡のうち、起きて欲しい奇跡のほうを呼び込むためには、良い感情を使うよう心掛け、怒りや恨みの感情は削っていく必要があるそうです。

その時にポイントになるのが「剣」なのだそうです。

この剣とは、霊的な剣であり、地を鎮め、私たちの悪感情を削ぎ落とすためのものなのだそうです。

天使ミカエルが持っている剣も、この性質を象徴しているそうです。



面白いでしょ。これからこの世界と天界とで、いろいろなシンクロニシティが起きるかもしれないわけですね。
で、そのときの決め手となるのは、人間の想念。菊理姫の「剣」は他人に向けるものではなく、自分の中の悪感情を削ぎ落すための道具であるとの解釈は実にその通りです。
そういう剣であるのならば、ドンドン奮ってほしいと思っています。
9月9日が楽しみです。

ダイヤモンド富士

今日は何となく久しぶりに夕陽を見にゆくと、丘の上に着いた瞬間にダイヤモンド富士となっていました。

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良く考えてみると、今日は9月1日。毎年9月上旬と4月上旬には、晴れていればこの場所からダイヤモンド富士を拝めます。

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まさに太陽は富士山の頂上の真上にすっぽりと落ちて行きます。

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あまりにも真上なので、富士山が噴火しているようにも見えますね。

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実に見事な夕陽と富士山の競演です。

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綺麗な夕景でした。
明日は再び「アイルランド見聞録」に戻ります。

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